#494 『鳥居とちくわの関連性』

 引っ越しした先の家の裏手には、大きな神社があった。

 元より神社仏閣を巡るのは大好きなので、引っ越しをしたその日の内に、夫を連れてその神社へと挨拶しに行く事にした。

 少々高台に位置しているので登るのには苦労したが、それでも良い運動にはなるだろうと、その翌日からは毎朝そこを訪れるようになった。

 ある日の朝、鳥居の真下の何やら白いものが落ちているのに気が付いた。近付いて見るとそれは剥き出しで置かれた一本のちくわで、私はまるで意味が分からないままそこを通り過ぎた。

 境内を掃除している禰宜さんに出逢う。私が「おはようございます」と挨拶すると、禰宜さんもまた「おはようございます」と笑顔で返してくれる。

「ここの神社ね、なかなか面白い事が起きますよ」と、禰宜さんは言う。

「どんな事が?」と聞けば、「遭遇したら分かりますよ」と、はぐらかされた。

 帰り道、鳥居の下にちくわは無かった。そこで気が付く、私はもう既に面白い事に遭遇していたではないかと。

 それからと言うもの、かなり頻繁に、鳥居の下のちくわと遭遇するようになった。

 気が付けば、そこに落ちている。むしろ落ちていない日の方が珍しく、その意味こそは分からないのだが、これもまた神のなさる事なのだと思う事にして、ちくわが落ちていたらまず手を合わせて通り過ぎる。それがいつしか、毎朝の日課となってしまっていた。

 ある朝の事、いつも通りに鳥居の下にちくわを見付け、私はそれに手を合わせようと近付いて行けば、それを横からかっさらうようにして真っ白な猫が口に咥えて逃げて行った。

「こら、待ちなさい!」と、私は思わず叫ぶ。なんとなくだが、神様のちくわを食べてしまっては、何らかのバチでも当たりそうな気がして、それを止めたかったのである。

 猫は、二度、三度と私の方を見返しては、結局草むらの中へと消え去って行ってしまった。

 あぁ、止められなかったなぁと悔やみながら神社へと向かえば、いつもの禰宜さんが「おはようございます」と、私を迎えてくれた。

「面白いもの、遭遇しましたか?」と聞かれ、私は、「ほとんど毎日にように逢ってますよ」と答えた。

「それは凄い。私でさえ年に数度しか見てないのに」と、禰宜さんは悔しがる。

「あの白い猫ね、言い伝えではもう既に百年は生きているそうです。もはや神の眷属に近い存在なのかも知れませんね」と笑う。私はそれを聞いて、内心青くなる。今しがたその猫を叱ったばかりなのだから。

 帰り道、茂みから出て来た真っ白な猫が、口を舐めながら私の前を通り過ぎて行った。

 ちくわは、全く関係が無かったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る