#493 『見て行きなよ』
ほぼ毎日のように夢に出て来る場所がある。
滅多に通る事の無い場所なのだが、余程印象が深かったのか、ここに越して来以来ほとんど毎日、その道を歩いている夢を見るのだ。
それは近所の川沿いの道。自動車もバイクも通れない、歩行者専用の歩道である。川を挟んでその左右が通れるようになっているのだが、夢に出て来るのはその右側の道。私は何故かその道をあてどもなく歩き、やがてその真上を通る橋の下まで来て、唐突に夢が終わるのだ。
ある晩、近所の酒場で知人と飲み明かした。気が付けばもう深夜で、いつもならば既に寝ている時刻である。私は店の前で知人と別れ、家路を辿った。
そこでふと気が付く。いつの間にか私は、いつも夢に出て来る例の川沿いの歩道を歩いているのだ。しかもそれは夢とは反対で、逆の方向から歩いて来ると言うそんなルート。やがて真上に橋の架かる場所へと辿り着く。するとその橋の下には何人かの浮浪者がいたらしく、夜通し話でもしているのだろうか、通りすがりの私をじっと見つめている様子だった。
「あれまぁ、幽霊だ」と、誰かが囁いた。するとその場にいた浮浪者達が一斉に私の方へと振り返り、「本当だ、幽霊だ」と、口々に言うのである。
たまらず、「どう言う事だ」と聞き返せば、「言った通りだ」と、浮浪者の一人が言う。良く良く聞けば、毎晩のように今頃の時刻になると、私と同じ容姿の幽霊が向こう側から歩いて来て、この橋の手前で消えるのだと言う。
「嘘だろう」と言えば、「嘘じゃないって」と皆が言う。その内、「見て行きなよ、そろそろ現れるから」と、誰かが言った。
信じた訳ではない。だがなんとなく私の記憶にも符号するものがあって、私は皆は座り込んでいる中に腰を下ろした。
だが、その幽霊は現れない。いくら待っても現れない。やがて空が白み始めて来た頃、「本物がいたんじゃあ、幽霊も来れないのかな」と誰かが笑った。
それを合図に、私は腰を上げて家へと帰った。酔いと眠気でそのままベッドへと倒れ込むと、いつも通りの夢がやって来た。
川沿いの歩道を歩き、やがて橋の下へと辿り着く。そこには私を見つめる浮浪者の姿はどこにも無かった。
数日後、再びその歩道を歩く機会に恵まれた。せっかくなのでと、近所で菓子を買い、橋の下の浮浪者達に振る舞おうと思っていたのだが、行ってみれば全く誰の姿も無いし、それまでそこに誰かが寝泊まりをしていたと言う形跡も無い。
ただ、その橋の下の暗がりに一つ、枯れかかった花束が一つだけ置かれてあった。
私は土産の菓子をそこに置き、誰に祈るでもなく手を合わせていた。
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