#491 『モールス信号の夜』
学生時代の友人であるKが、泊まり掛けで遊びに来た。
Kは高校を卒業後、海上自衛隊へと進んだ。だがそれも僅か五年足らずで辞め、今は細々とバイトで食いつないでいると言う。
とりとめもない昔話をしながら二人で酒を酌み交わしていると、突然Kの顔色が変わった。
「SOSだ」と、呟く。見れば彼は開けっぱなしの窓の外の一点を凝視していた。
僕も同じ方向を向けば、遙か遠くのマンションの上層階で、切れ掛かった電球か何かだろうかしきりに点滅を繰り返す弱い光があったのだ。
フッ、フッ、フッと、三回短く瞬くと、今度は長く三回。そしてまた短く三回点滅する。さすがにそれが意味する事は僕にも分かる。救助要請のモールス信号だ。
慌てて僕とKは地図を広げ、そしてインターネットを駆使しながらそれらしき建造物を探し始める。二つ、三つ、候補となるマンションに当たりを付け、Kは一人で外へと飛び出る。僕は部屋に残ったまま、押し入れから引っ張り出した望遠鏡を立て、Kからの連絡を待った。
やがて僕の携帯電話が鳴り出す。「見えるか?」と言う問いに、僕は望遠鏡を操り彼の姿をそこに探す。
「合ってる、その建物だ」言えば、「ここから上に何階だ?」と聞いて来る。僕は望遠鏡で詳しい情報をKに送り続け、ようやくKは該当するその部屋へと行き着いたらしい。
「一回、切るぞ」とKの声。それが友人と話した最後の言葉となった。
Kからの連絡はそこで途絶えた。こちらから掛けても繋がらない。例のマンションからは相も変わらずSOSのモールス信号が発信され続けている。僕はようやく陽が昇ろうとする辺りで警察へと連絡をした。
駆け付けて来てくれた警察官に、要領を得ないとりとめもない話で説明をする。一応は事情を察してくれたらしく、警察官は望遠鏡で例のマンションの場所を確認しながら応援を要請していた。
やがてそのマンションは見付かった。少ししてそのマンションの敷地内で、失神をしているKを発見したと連絡が来た。
僕はすぐにでもKに逢いたいと申し出たのだが、病院に緊急搬送されたのでそれは出来ないと断られてしまった。
Kは、マンションの六階の廊下の突き当たりで気を失っていたと言う。
廊下は一直線には伸びているのだが、何故か突き当たりから廊下が少しだけ折れ曲がって続いており、その空間にKはいたのだそうである。
僕はその状況を根掘り葉掘りと聞いた。警察の方々はなかなかそれを話してはくれなかったのだが、どうやら過去にその場所で飛び降りかなにかがあったのだろうか、枯れた花束が大量に置かれており、Kはその中に埋もれるようにして座っていたのだと言う。
「結局、あのSOSの信号はどこから出ていたのですか?」
警察官は更に口ごもる。その突き当たりの廊下の窓がうっすらと開いており、そこから出ていたのではないかと、そんな曖昧な答えで誤魔化された。
あれから数年が経つ。例のモールス信号は今も尚、続いている。但しそれはSOSの救助要請のそれではなく、もっと複雑な別の信号に取って代わっている。
もちろんそれは僕には分からないし、分かろうと言う努力もしていない。
Kとは今尚、連絡が途絶えたままである。
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