#489 『千鳥足』
高校時代の同級生数人と飲みに行った帰りの事だ。
帰る方向がほぼ同じなので、ふらつく足で談笑しながら歩いていた。すると友人の一人が、「えっ?」と前方を見つめて声を上げる。
それは僕にも見えてしまった。向こうから来る、下半身だけの人の姿。
その下半身は、ジーンズパンツの上から先は全く無くて、ただ車道のセンターラインの上辺りを、千鳥足でふらふらとこちらに向かって歩いて来るのである。
やがてその下半身は、歩道をあるく僕らの横を通り抜け、歩いて行ってしまった。
「見たか?」の声に、一人を除いた全員が、「見た」と返事をした。確実に、見間違いではないのだ。
家に帰り、家族にその事を話すと、「それ、この辺りでは有名な話だぞ」と、二歳年上の兄が言う。なんでもここ最近になって、良く見掛けるものだったらしい。
だが、見るにはそれなりに条件があって、夜の十時二十分頃に、その地点を“酔っ払いながら歩く”と、それに遭遇するのだと言う。
なるほど、僕らは確かにその条件を満たしていた。見えなかったと言うたった一人の友人は、からきし酒が駄目で、その晩も飲んではいなかったのである。
だが、そんな亡霊が突然その場所に姿を現わした原因が分からない。すると母が、「道路拡張のせいじゃない?」と、話に割り込んだ。
確かに時期的には合っている。かつてその道路の真ん中には細い小川が流れており、一年程前にその小川は埋め立てられ、その分道路が広くなったのだ。
その亡霊は、道路の真ん中を歩いていた訳ではなく、かつての小川の上を歩いていたのかも知れない。
もちろん、全てにおいて意味は分からないのだが。
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