#487 『猿轡(さるぐつわ)』

 昭和二十年代の頃の事だ。それまでの葬儀の常識が一変し、土葬から火葬へと切り替わり始めた。

 その当時、僕はまだ中学生だったと記憶している。祖父の号令で家族全員が集まり、会議の結果、墓所の整理を行う事が決まった。要は、既に土葬で埋まっている先祖の骨を掘り起こし、火葬した上で再度納骨を行おうと言う事だ。

 子供心にかなり衝撃的な話であった。なにしろ眠っている遺体を掘り起こすのだ。例え白骨化していようとも遺体は遺体だ。怖くない訳が無い。

 役所の手続きも済み、とうとう掘り起こし作業が始まった。まずは祖父の母が眠ると言う墓から鍬を入れられたのだが、その遺体を見て僕は言葉を失った。初めて見る白骨遺体に驚いたのも事実だが、それ以上に驚いたのが、その頭蓋骨に嵌められた金具であった。

 それがあまりにも異様な物に見え、僕は家族にすら何も聞けずにいた。

 やがて二体目が掘られた。そしてそこにもまた、頭蓋骨に嵌る金具がある。そうして三体目の遺体にもそれを見付け、とうとう僕は聞いてしまった。「あれは何?」

 すると父は僕にこう答えた。「猿轡(さるぐつわ)だ」と。

 遺体は次々と掘り起こされた。中には腐食して良く分からないものもあったのだが、ほぼどの遺体にも同様に、その“猿轡”は嵌められていたのだ。

 後ほど知った事なのだが、猿轡とは人の口に噛ませ、声を出せないようにする拘束具の一種らしい。

 だが、何故? 遺体はもう既に声も出せない状態の筈。僕はその夜、家族に向かってその疑問を投げ掛けた。だが——

「知らんでいい」と、祖父の一言。そしてその話はそこで終わってしまった。

 結局、その謎は解けないままだった。あれから十数年が経ち、今でもその時の事をふと思い出す事があるのだが、やはり謎は想像の域を超えない。

 ある日、祖父が亡くなったとの知らせを聞き、僕は実家へと戻った。そうして柩に横たわる祖父の姿を見て、僕は思わず口から洩れ出そうになる悲鳴を飲み込んだ。祖父の口には、無骨な金属製の猿轡が噛まされていたのである。

 葬儀が終わり、柩は火葬場へと運ばれる。そうしてそのまま柩は炉の中へと入るかと思いきや、係員に注意をされて猿轡は外された。それほど大きな金属物は入れられないのだと言う。

 そして火は、入れられた。同時に炉の中から、断末魔の悲鳴が轟いた。

「えっ……あの声!?」と僕は慌てたが、同じようにその声を聞いていただろう家族の誰もが全く取り乱しもせずに平静を保っていた。

 悲鳴は三度程轟き、やがて静かになった。そうして僕はようやく、猿轡の意味がなんとなく理解が出来たのだ。

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