#486 『匿(かくま)う』
とある午後の日の事だった。
そろそろ夕飯の買い物に行かなくてはと思っていた頃、けたたましく玄関のドアが開閉される音がした。
咄嗟に、おかしいなとは思ったのだ。玄関は常に施錠されているし、夫が帰って来るには少々早過ぎるのである。
見に行ってみると、玄関のドアノブに掴まりながら、息を切らせてしゃがみ込んでいる制服姿の女子高生がいた。
「どうしたの?」と、驚きながらそう聞くと、その子は人差し指を唇にあてがいながら、「黙っていて」と言う仕草をした。
続いて、「変な人に追われてます」と小声で言われ、私は全てを察した。
「早く上がりなさい」と、その子を連れてリビングへと向かう。私はその子をソファーに座らせようとしたのだが、その子は頑なにそれを拒み、その椅子の後ろへと回り込んで身を隠すのである。
これは相当に怖い思いをしたのだろうなと思っていると、その子は目だけを上から覗かせながら、「来てる」と、窓の方を指差す。
見れば確かに、レースのカーテン越しに表の通りを行ったり来たりしている人影があるではないか。私がそれに気付いた瞬間、その人影は小走りにこちらへとやって来て、「バーン!」と両手で窓ガラスを叩きながらへばりついて来たのだ。
思わず悲鳴を飲み込んだ。窓の外の人影は、尚も執拗に窓を叩き続ける。私は「待ってて」とその子を残し、台所へと向かって包丁を持ち出した。
リビングへと戻る。所用時間は僅か一分にも満たなかった筈なのに、何故かあの子の姿が無い。
二階かどこかにでも逃げ隠れたのかな。そう思った時だった。
「おばさーん!」と声がして、同時に窓ガラスが叩かれた。間違いなく、あの子の声だった。
「おばさん、いるでしょう? ここ開けてー! 中に入れてー!」と、やけに陽気な声で叫ぶ。私は朦朧とした意識で、そろそろとカーテンに近付きそれを横に引いた。
そこに立っていたのは、確かにあの子だった。もはや怯えていた表情など微塵も無く、とても楽しそうな笑顔で、「またね」と手を振ると、小走りに消えて行ってしまった。
数日後、またしてもその子と再会した。それは街角に張られている、掲示板のポスターの中だった。
今まで気にはしていなかったが、相当前からそこに貼られていたのだろう程にポスターは色褪せ、そして風雨によって酷い皺が寄っていた。
“この子を探しています”と、大きく書かれてあった。その写真の笑顔は、まさしく窓越しに見たあの子の笑顔そのものだった。
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