#484 『推しキャラ』
“ゆーろ”さん体験談、最終話。
――とあるアニメにハマった。それに出て来るとある脇役が一番の“推し(お気に入りの意味)”で、どうしてもそのキャラのグッズが欲しくて街のゲームセンターへと足を運んだ。
推しのグッズはあった。それは抱きかかえて一緒に眠れるだろう程の大きなぬいぐるみで、私はそれが欲しくてクレーンゲームに三千円ほどもつぎ込み、なんとか落とす事に成功した。
だが受け取り口を覗けば、何故か推しのぬいぐるみは二つある。前の人が取り忘れたのだろうか? 店員さんにその旨を話せば、「ラッキーじゃないですか」と、その二つを大きなビニール袋に入れて渡されてしまった。
さて、その日の夕食も買い物も済み、推しも二体手に入れた。嬉しくて足取りは軽い筈なのに、何故か家に近付くにつれてやけに足が重くなる。――いや、手荷物が重すぎるのだ。
「そんなに買い込んだ訳じゃないのになぁ」と思うのだが、やはり重い。奇妙に思える程に重い。
家へと帰り、とりあえず推しキャラは二体並べてソファーの上に置いた。瞬間、ソファーが「ギシッ」と音を立てて沈んだのを見てしまう。
家には犬が一匹いるのだが、どうにも推しのぬいぐるみを遠巻きに眺め、威嚇をするような素振りを見せる。
夜、推しの一体はそのままソファーに。そしてもう一体は寝室へと持って行った。
それをベッドの上に置き、眠った。だがその深夜、やけにとりとめもない悪夢でうなされ、大汗をかきながら目を覚ます。
「どうしたんだろう」思いながらいると、耳の奥が「べこっ」と音を立てる。気圧の変化がやって来たのだ。
突然、暗闇の中で吠え出す犬。私は慌てて部屋の照明を点けると、何故かリビングのソファーに座らせておいたもう一体の推しキャラが、ベッドの足下にあったのだ。要するに私は、推しキャラに挟み込まれるようにして眠っていたと言う事になる。
嬉しいのだが、怪異である。真夜中ではあるのだが、私はすかさずM美に電話すると、「あんたのせいね。ひどい夢見て目が覚めた」と言い出すのだ。
私はその日にあった出来事を全て彼女に話す。するとM美は、「背中から開けちゃって、中見てみなよ」と言う。
少々気は引けたが、私はM美の言う通りに背中のミシン目からハサミを入れて切開を始めた。なかなかこう言う事は夜中にやるものじゃないなと思いながらも開けてみるが、どちらも詰まっているのは綿ばかり。
「何も無かった」と、明け方近くに電話をすれば、「なら残念だけど、二体共手放すようだね」と、素っ気なく言うのだ。
後日、私はM美に付き添ってもらって、人形供養の神社へと向かった。
袋から推しのぬいぐるみを二体共取り出すと、禰宜さんはそれを見て驚いた表情をする。
帰り際、「あれ、どうなるの?」とM美に聞けば、「お祓いした後、燃やすと思うよ」と言うのだ。
M美は私の表情が暗くなったのを察したか、後日、どこで取ったのかは知らないが、例のアニメキャラのぬいぐるみを持って来た。私はそれを見て、「それは私の推しじゃない」と、すんでの所で言わずに我慢して、「ありがとう」と受け取った。
「ところで、先日のあのぬいぐるみ、結局何だったの?」と聞けば、「悪質なイタズラだよね」と、M美は訳の分からない事を言う。
「あんたにはどう見えていたかは知らないけれど――」
推しキャラじゃない方のもう一体は、皮膚表面が黒く変色した、セルロイド製の女の子の人形だったそうなのである。
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