#482 『巻き付くモノ』
これも、前夜に紹介させていただいた“ゆーろ”さんの、体験談の一つである。
――もうすぐ中学生へと進学する直前の事だ。両親に連れられ、街のとある喫茶店へと入った。
「ここは高価なもんばっかりだから、ちょろちょろしてるとあかんよ」と、くどいぐらいに母親から注意されていたのだが、言われた先からやらかしてしまった。と言うより、それは不可抗力のようなものだった。
とても綺麗な珈琲カップが置かれてあって、そのあまりの綺麗さに思わず手が伸びてしまったその瞬間、私の指が触れる直前にそのカップはすーっと横に滑って落ちて割れたのだ。
当然、親からは鬼にように怒られた。私は何度も「触っていない」と弁明するも、手を伸ばした瞬間は見られていたらしく、「言い訳するな!」と、更に激しく怒られる始末。仕方無くその場は、理不尽ながらも頭を下げるしかなかった。
以降、それと同じ現象が度々起こるようになった。
手を伸ばせばご飯茶碗が落ち、コップが落ち、箸も落ちる。朝は歯ブラシが落ち、学校へと行けばノートも教科書も落ちる。しかもそれはどれも同じで、私の指が触れる直前に滑って落ちてしまうのだ。
さすがに私もノイローゼ気味になって来た頃だ。もう一生このままなのかと覚悟を決めた辺りで、学校帰りに奇妙な人と出会ったのだ。
それは一見すると、袈裟を羽織ったお坊さんのようには見えるのだが、やけに耳たぶが長く垂れ下がり、足は膝を突いて歩いてるのではないかと思えるほどに短いのだ。
その男は公園の脇の木の陰にいて、私に声を掛けるや否や、「その右腕のもの、もらえないものか?」と聞いて来る。
だが、右手と言ってもそこにはヘアバンドが掛かっているぐらいで他は何も無い。それでもそのお坊さんはしきりに、「その右手のものが欲しい」と訴え続ける。
そこで私はふと気付いた。目には見えていないものの、私の右腕には“何か”が取り憑いており、それがいつも悪さをしているのではないかと。
「これ、取れるの?」と聞けば、そのお坊さんは、「くれると言ってくれたら簡単に取れる」と笑う。私は即座に「あげる」と言いそうになりながらも、急に嫌な予感に襲われ、「あげません」と、そっぽを向いて立ち去った。何故だかは知らないが、右腕がやけに痙攣でもしたかのように震え続けていたからだ。
だがその右腕の“何か”は、それからすぐにいなくなった。たまたま修学旅行で向かった先の鍾乳洞で、ふとよろけながら壁に触った瞬間、「ずるり」とした感触を残しながら、その“何か”は私の右腕から離れて行ったのを感じたからだ。
以降、前のような現象に悩まされる事は無くなった。だが――
「ねぇ、その時の坊さんって、何だったのかな?」と、その一連の出来事を全て語った上で、私はM美にそう聞いた。
「さぁ、わかんないけど“捕食者”か何かだったんじゃない?」と言う。続けて、「あげるって言ってたら、腕ごと持って行かれてたかもね」と笑うのだ。
もちろん根拠は無い。だが私もなんとなくそう思った。
M美に出逢う、ずっとずっと前のお話しである。
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