#476 『誰もいません』

 近所で噂の心霊スポットへと出向いた。

 それは昔からある廃屋で、かなりの広さのお屋敷なのだが、近年になってから「確実に出る場所」と言う噂が流れ始めたのだ。

 同行したのは、友人のHとYの二人。しかもYはご丁寧にも、噂に登場する木製の椅子まで持参して来た。

 その椅子をどうするかと言えば、各部屋の中央にそれを置き、一人でそれに座りながら、「誰かいますか?」と質問をする。

 もしもその部屋に、“住人”がいたならば、「おります」と言う返事が返って来るのだと言う。

「言い出しっぺからやって来いよ」と、Yは俺に椅子を手渡す。俺はそれを受け取りながら、「やってやるよ」と二人に向かって強がって見せた。

 中は酷い荒らされようだった。懐中電灯で照らしながらあちこちを回って見ていると、かつては子供部屋だったのだろうか、昭和の頃の男性アイドルのポスターが貼られている部屋に遭遇した。

 一瞬見ただけで、「ここヤバい」と思った。なにしろその部屋の片隅には十数個ほどの木製の椅子が積み上げられており、しかもその全てが違う種類のものだったのだ。

 俺はその部屋へと足を踏み入れる。そしてその部屋の中央に持参の椅子を置き、積み上がった椅子の方を向いて座った。

 ふうと一つだけ大きな溜め息を吐き、そしておもむろに「誰かいますか?」と――言うつもりだった。

 だが、それは最後まで言えなかった。俺が「誰か――」と言い出したのと同時に、『誰もいません』と、頭上から声が聞こえたからだ。

 俺は爆発でもするかのような勢いで部屋の出口を目指す。そして転がり出るように玄関のドアをくぐると、HとYは、「マジで出たの?」と、俺の様子を見て笑った。

「出た」とだけ言うと、「ちゃんと作法通りに逃げて来たか?」と聞かれた。

 噂では、「おります」と返事が来た場合、その声の方向は決して見ないようにして立ち上がり、正面の壁まで移動した後、ずっと背を向けながら部屋の出口を目指して、「失礼しました」と出て行かなければいけないのだと言う。

 俺が「やってない」と言うと、HとYはさも嬉しそうに、「やっちゃったなぁ」と笑うのだ。

 そこで俺はようやく事態が飲み込めた。さてはこいつらにハメられたなと勘付いたのだ。

 今夜ここに来ると言う前提で、誰かを事前に張り込ませ、俺を脅したに違いないと気付いた。

 俺はそれに憤慨し、「勝手にやってろ」と二人を置いて家へと帰った。

 玄関のドアを開ける。そして驚く。ちゃんと消して出て行った筈なのに、玄関から奥のリビングまで煌々と灯りが点いているではないか。

 俺は用心しながら部屋の中へと入り込み、リビングの中央に置かれたスツールを見て思った。

“誰かいる――”と。

 思った瞬間、頭上から声が聞こえた。

『誰もいません』

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