#475 『三つ巴(みつどもえ)』

 私が通勤に使う道すがらに、とても嫌な雰囲気の場所があるのだ。

 あぁ、今日もいると私は思った。道の左手には合戦の最中か何かだろうか、軽装な鎧を身に付け、刀を腰に下げたお侍さんがいる。そして右手側には飾り紐を片手に立ちはだかる、スーツ姿の知的な印象な女性。もちろんどちらも、この世の者ではないし、おそらくは私以外にこの二人を見る事が出来る人は稀だろう。

 そんな時代がまるで違う二人が、道を隔ててにらみ合っている、そんな場所。もっと他でやってくれればいいものを、何故かその二人はまるでその場所から動こうとせず、微動だにしないまま昼も夜もそこにいるのだ。

 私はその前を通り過ぎる瞬間、いつも手刀を切りながら、「失礼しますよ」と小声で言いつつ通り過ぎる。だがもちろん、二人は私の事など眼中にも無いかのようににらみ合っているだけ。

 ある日の事、いつものようにそこを通り過ぎようとしていた時、向こうから何かとんでもないモノがやって来た。

 前を歩く人は、男だったか女だったか上手く思い出せないのだが、そこはもうどうでもいい。その背後に付き沿うようにして来るモノが、とんでもないのだ。

 それはまるで熊か何かかのような大きさで、その形状は妙に丸っこいモグラのような体躯。そんな化け物が、前方からひょいひょいと歩いて来る。

 あぁ、あの前を歩く人に“憑いてるモノ”だなとは思った。お気の毒に、あんなの憑けていたらろくな生活送れないだろうにと思っていると、その化け物はひたと、とある場所で立ち止まる。そう、お侍さんとスーツの女性が立ちはだかる、その場所だ。

 私はそれを遠巻きに眺めながら、三つ巴の戦いだなと思った。巨大なモグラは、もはや前を行く人の事など忘れたかのようにして立ちすくみ、それを目の前にして対峙するお侍さんは刀を抜き、スーツの女性は飾り紐を前に突き出す。どちらかと言うと、二対一の構図にも見えなくはない。

 モグラから離れたその人は、身軽に私の前を通り過ぎて行く。私は固唾を呑んでその戦いの行方を見守っていたのだが、いつまでもそうしている訳にも行かない。仕事が終わるまで待っててねと祈りながら、手刀を切りつつその三人の前を通り過ぎた。

 そして夕刻。その道を通り掛かると既に勝負は着いたのか、モグラの姿はどこにも無かった。

 またいつもと代わり映えしないまま、お侍さんとスーツの女性は道を隔ててにらみ合っている。

 もしかしてこの二人って、仲いいんじゃないのかなぁと思いながら、私は家へと帰る。

 翌朝、何故かスーツの女性がいなかった。お侍さんはどこか悲しそうな表情で、いつもの場所に立ちすくんでいた。

 それから三日後には、お侍さんの姿も無くなった。

 いなくなればなったで、どこか寂しいような気もした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る