#474 『沈むもの』

 僕が生まれ育った場所は、近隣が田畑と山ばかりの、とんでもなくつまらない田舎の農村地帯だった。

 幼い頃、そこで怖い体験をした事があった。

 小学生の頃だったと思う。学校から帰るといつも、近所に住む同い年のヒデユキ君と一緒にどこかへと遊びに行くのが常だった。

 その日はたまたま、普段では行かないような場所へと出向いた。

 それはその辺り一帯に水を供給させる為の用水路の始点である場所。きっと地下水か何かだったと思う。地面の下から湧き上がって来る水が懇々と溢れ出しており、それが用水路へと繋がっていた。

 地下から湧き上がる水は、縦に長い土管のようなものから溢れ出ており、僕とヒデユキ君はそれが面白くてその土管の縁へと立って、飽きる事なくそれを眺めていた。

 ふと何を思ったか、僕は近くに生えている長い草を一本引き千切ると、その土管の中央にそっとそれを近づけた。そしてその先端が水へと触れると、まるで垂れた釣り糸に魚が掛かったかのようにして、二度、三度とその草が引っ張られ、そして勢い良く水底へと沈んで行ってしまった。

「何、今の?」

「わかんない」

 言うと今度はヒデユキ君が同じ事をする。だがはやり結果は同じで、水に突っ込んだ草は凄い勢いで引っ張られて消えて行くのだ。

 果たして飲み込まれて消えて行った草は、一体どこに行ってしまったのだろう。そこが不思議で次々と草を投入するのだが、一向にその現象は変わる事なく、全てが水中に消えて行く。

「何やってんの、あんた達」と、そこにいきなり声が掛かった。見ればそれは高校の制服を着ている知らないお姉ちゃんで、僕らがその内容を事細かく話せば、そのお姉ちゃんは「ろくな遊びしてないね」と、近くの木から丈夫そうな枝を一本、折って持って来るのだ。

 お姉ちゃんはその枝の先端を、水の中に差し込む。一瞬でその枝は水中に持って行かれたが、お姉ちゃんはすんでの所で踏ん張り、勢い良く枝を引っこ抜いた。

 バシャーっと水飛沫が上がり、僕らの見ている前で目に見えない何かが、アスファルトに落ちた。見えてはいないのだが、そこだけが水溜まりを作ったので、かろうじて“何かがいる”と言うのが分かったのだ。

 そこにいた“何か”は、ぐえーっ、ぐえーっと酷い鳴き声を発し、あっと言う間に向かい側の用水路まで転げて行き、またしても水飛沫を上げて消えてしまった。

「あんたら、手を突っ込まなくて良かったね」と、そのお姉ちゃんは笑いながら行ってしまった。

 未だに、あの出来事が何だったのか、理解出来ずにいるのである。

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