#473 『民俗学者の憂鬱』
僕の通う大学に、少々変わった名物講師がいる。
堀田と言う名の五十代の男性で、民俗学の先生である。
僕はその先生の講義を受けてはいるのだが、講義が面白い反面、話の逸脱が多く、しかも良く休講するのだ。
実際、今時点で既に一ヶ月近くの休講をしている。復帰の見込みはまだしばらく無いと聞く。
ある日の事、用事で出掛けたあまり馴染みの無い町で、ばったりと堀田先生に出くわした。僕は慌てて先生を呼び止めると、先生もかろうじて僕の事を覚えていたらしく、「鈴木さんか、お久しぶりですね」と笑った。
「どうされたのですか?」と聞けば、とある地方の廃れてしまった信仰行事の復元を試みた所、「呪われてしまいました」と、やけに清々しい笑顔で言うのだ。
とりあえずこの呪いをなんとかしないと大学へも戻れないと言い、明日には東北のとある山間部の村を訪ねる事にしたらしい。
「無事に復職出来るよう祈っていてください」と先生は背中を向ける。その時僕は、よせばいいのに、「一緒に連れて行ってはいただけませんか?」と聞いてしまったのだ。
その翌日、僕は先生と一緒に新幹線の中の人となった。先生は僕の分の旅費は持つと言ってくれており、僕もまた苦学生の一人である以上、それに甘える事にした。
新幹線を降り、ローカル線に乗り換え、バスとタクシーを乗り継いでその村へと到着する。
先生は既に何度もその村には来ているらしく、村の好意で貸してくれている古民家の空き家の一つを、まるで我が家のようにして入って行くのだ。
生まれて初めての、囲炉裏体験だった。鉄瓶でお湯を沸かしつつ、「そろそろお話ししますか」と、先生が鞄から何かを取り出した。
それは何か得体の知れない動物か何かのミイラに見えた。僕はそのまま思った通りの事を先生に告げると、「いい勘してます」と笑う。
「これは確かにミイラと言うものですね。私はこれが一体何かを調べたくて、祭壇から持ち出してしまったのですよ」と、悪びれもせずに言う。
やがて夜が来た。先生は家の土間の辺りに塩を盛り、「これで良し」と、就寝の準備を始めた。
「何か来ますか?」と言う問いに、「必ず来ますよ」と先生は笑う。
やがて怪異が起こり始めた。家中の壁や柱が、鞭でも打ったかのような乾いた音をさせる。
戸口ががたがたと揺れ、どこからか風が入り込む。
「この御神体を持ち出して以来、ずっとこんな感じで眠れないのですよ」と、先生。
気が付けば先生の背後には相当数の“影”がまとわりついている。先生は慌てず何かの枯れ葉みたいなものを囲炉裏に焼べ、「明日にはお返ししますから、ご勘弁ください」と唱えるのだ。
ろくに眠れもせずに迎えた翌朝。僕と先生は村の奥にあるお堂を目指す。
御神体を元の場所に戻し、深い祈りを捧げた後、「帰りましょう」と先生は言う。
帰りの車中、あれは一体何を祀っておられたのですかと聞けば、「人の起源ですね」と、先生は言った。
ミイラはミイラでも、女性の身体の一部分を切り取ったものがあの御神体なのだと言う。
僕は、それがどの部分なのかは敢えて聞かなかった。
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