#469 『誰だか分からない話』
突然の事だった。背後から、「旦那さんを私に譲っていただけませんか?」と、声を掛けられたのだ。
それは夕食の真っ最中。私と夫と、四歳になる息子。三人でテレビの番組に夢中になりながらの事。振り返ればそこには、全く見知らぬ女性が正座をしながら私の事を見上げているのだ。
瞬間、全身が粟立った。続いて息子の火が点いたかのような号泣。夫が息子を抱き締め、私はその女性に向かって、「出て行って!」と怒鳴る。すると女性は、「また来ます」とリビングを出て行くのだが、私がその後を追えば、もうどこにも女性の姿は見当たらなかった。
全く訳が分からない。夫に、「知ってる人?」と聞くが、「幽霊に知り合いなんかいない!」と大声で言い返される。過去にもあんな女と付き合った事は無いと言うし、女性自体とても病的な痩せ方をしていて、夫の好みには見えなかった。
結局、その女が家に現れる事は二度と無かった。それから二年もの歳月が経ったある日、地方に住む私の父の訃報を聞いた。
連絡を寄越した弟は、「ちょっと特殊な死に方したんよ」と言葉を濁す。しかも遺体は司法解剖に回されたらしい。
何事だと私一人が先んじて実家へと帰ったのだが、何でも父は、近くに住む弟ですらその存在を知らなかった、若い女性と共に亡くなっていたらしい。しかもその亡くなり方も変で、父は脳溢血。そしてそれに寄りそうようにして亡くなっていた見知らぬ女性は、餓死だと言う。
しかも死亡時期は女性の方が三日も後で、一度は事件性が疑われたのだが、それも無いと無事に遺体は返されて無事に葬儀も済んだ。
だが、問題は父と一緒に亡くなっていたと言う女の存在である。我が家でその人を葬儀に出す言われは無いので遺体を引き取る事はしなかったのだが、私はその存在がどうしても気になったので、遺体の顔だけでも見たいと申し出れば、身元不明の為に何枚かの写真があると言う。
その正体の予想はあった。二年前に自宅に出た、例の女性の幽霊だ。
私はその写真を、後から合流した夫と一緒に見た。だがそこに写る女性の顔は、私と夫の期待を大きく裏切り、それこそ全く見ず知らずな人だった。
結局、あの時我が家に現れた女性は、全く誰だか分からないのである。
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