#467 『閉所・表』
面白い話を、別々の方からほぼ同時に聞いた。
関連があるのかどうかは知らないが、二夜に渡ってその話を掲載したいと思う。
――入社面接の際に、妙な事を聞いたのだ。
「ウチはねぇ、女子社員はすぐに辞めちゃうからねぇ」
製造業だし、3Kだし、野暮な男連中ばかりだしねぇと社長は言うのだが、実際にそれはとても的外れな言い訳でしかなかった。
私の仕事は、事務と経理だった。僅か三十人程度の会社だからそんなに厳しい仕事じゃないよとは言われたのだが、いざやってみれば細々と雑用は多かった。
私に仕事を教えてくれたのは、青田さんと言う五十代のベテランの先輩だった。青田さんも、「今まで結構な数の女性社員が入って来たけど、みんなすぐに辞めちゃうんだよね」と苦笑していた。
おかしな事は、初日から起こった。一階奥に女性専用のトイレがあるのだが、三つある個室のドアの一つが、閉まっているのだ。
それは一番奥のドアだった。私は恐る恐る一番手前の個室に入り、用を足した。
「この会社、私以外に女性の方っているんですか?」
いないのを知りながら、私は敢えてそう聞けば、「いないよ」と青田さんは言う。私が入る前にいた方は、既に五ヶ月前に辞めていると言う。では先程、女性用のトイレで用を足していたのは誰だったのだろうか。
少しして、私はまたトイレへと向かった。今度は全ての個室が空いていたので、安心して先程と同じ手前の個室へと入った。
用を足していると、トイレのドアの開く音がした。――いや、ちょっと待ってよと焦っていると、その“誰か”は堂々と私の隣の個室へと入り、ドアを閉めた。
「今、女子トイレに誰か入って来たんですけど」慌てて青田さんにそう告げると、「そりゃ酷いな」と、一緒にトイレへと向かってくれた。だが到着した頃にはもう誰もおらず、個室は全て空いていた。
翌日、朝礼の際に、「女子トイレに男子は入らないように」と、社長からの忠告があったのだが、やはりその日も個室の一つが埋まっていた。もちろんすぐに青田さんを呼んだのだが、戻る頃にはもう誰もいないのである。
「トイレ行く時、言ってよ。僕が表でガードマンしててあげるから」と、青田さんがそう言ってくれた。そして私はそれに甘えた。男性の先輩をトイレに付き合わせるのには少々気が引けたが、「犯人見付けないと」と青田さんも意気込んでいたので、お願いする事にしたのだ。
女子トイレのドアを開ける。すると一番奥のドアが閉まっている。その事を青田さんに告げると、「任せて」と一人で踏み込んでいったのだが――
「誰もいなかった」と、青田さんは不思議そうな表情で出て来た。誰もいないのに、ドアが内側から閉まっていたらしい。
嫌だなぁと思いながら、私は一番手前の個室へと入る。そうして用を足していると、誰かがトイレの中へと入って来て、またしても私の個室の隣へと籠もったのだ。
「青田さん?」聞くが返事は無い。私は怖くなって急いでトイレを出たのだが、青田さんはそのトイレの外でぼんやりと腕組みをしながら待っていたのだ。
「ねぇ、今、中に!」
言うとその内容を察したか、青田さんがトイレのドアを開ける。同時に真ん中の個室のドアが「ぎぃぃぃぃぃ」と音を立てて揺れているのが見えた。
「女性の方が辞めて行く理由が分かりました」と私が言えば、「僕も分かった」と青田さん。
私はその日の内に、辞める旨を伝えた。
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