#466 『同居人』

 怪異は突然にやって来た。

 そこのアパートに住み始めて五年にもなるのだが、今まではそんな兆しなど全く無かった。

 だがある日、部屋の中で“もう一人の誰か”の足音を聞き、それ以降その“何者か”は、部屋に棲み着いてしまった様子なのだ。

 多くは、足音である。早朝、もう間もなく起きなきゃなと言う辺りが一番騒がしい。パタパタ、パタパタと部屋の中で“何者か”が歩く音。大体はいつもその足音で目が覚める。

 時折、目の前を誰かが横切る気配がある。そうすると、何か得も言われぬ良い香りが漂い、それだけでもその“何者か”が女性である事が察せられる。

 夜、テレビを観ていると、時折どこからか「くすくす」とやけにくすぐったい笑い声が聞こえる事がある。どうやらその“何者か”は、バラエティ番組が好きらしい。僕は必然的に、バラエティ系を観る事が多くなった。

 これはごく稀な事だが、家に帰ると照明が点いている事がある。アパートの下を通り過ぎる際には真っ暗なのだが、玄関を開けると何故か点いているのである。

 確かにそれだけ見れば怪奇現象ではあるのだが、長い独身時代を経て来た僕にとっては、なんだか同棲中のような心地良さがあり、最近では思わず、「ただいま」と言って帰って来るようになってしまった。

 人間、変われば変わるものだなと、僕自身が驚く程だった。

 部屋の中をパンツ一丁で歩く事は無くなったし、アダルトビデオは全く観なくなったし、時には花を買って来てテーブルの上で生ける事まであった。

 会社では、「なんか彼女出来た感あるね」とまで言われるし、僕自身、その事について完全否定はしなかった。

 だが、その同棲生活が突然やって来たのと同様、破局もある日突然にやって来た。

 部屋に、Gが出たのである。そう、文字に起こすのもはばかられる程に嫌悪する、黒くてすばしっこい甲殻昆虫である。

 どうやら僕がそれを見付けたのと、彼女がそれを見付けたのはほぼ同時らしい。

「あっ」と僕が声を上げるのと、彼女がバタバタと慌てふためいた音をさせたのはほとんど一緒で、僕は彼女を安心させたいが為に、普段ならば怖がって逃げ出す所を、勇敢にも丸めた雑誌を片手に突進して行ったのだ。

 部屋の隅、追い詰めたGを目の前に、僕は腕を振り下ろす。そして聞こえる女性の悲鳴。

 Gは無事に撃退出来たのだが、それ以降、どこにも彼女の気配は見当たらなくなってしまった。

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