#465 『埋め込まれた真実』
出向いた不動産屋で、一つだけ目を惹く物件があった。
“告知事項あり”の煽り文句。家賃は破格過ぎる程に安い。
「これ、やっぱ事故物件ですよね?」と聞けば、そこの営業の男性は、少しだけ悩んだ挙げ句、「事故物件……ではないんです」と告げる。
じゃあ何を告知したのかと聞けば、部屋の内部が、ここに明記されている間取りとは若干違う内容であると言う話らしい。俺はちょっとだけ興味が沸いて、「中見せてもらってもいいですか?」と聞いた。
それは古い木造アパートの、二階の角部屋だった。中を見てすぐに、“かなり暗い”と言う印象を受ける。
少し広めなワンルームで、小さいながらもキッチン、トイレ、風呂は付いている。
「何がこの見取り図と違うの?」と聞けば、営業の男性は黙って壁の一画を指差す。なるほど、そこに明記されている窓が、実際には付いていないのだ。同時に部屋がやけに暗いのも納得出来た。要するにこの部屋には、西側にしか明かり取りの窓が無いのである。
だが逆に問題はそこだけだ。俺はその家賃の安さからその部屋を即決で借りる事にした。
入居して一週間が経った。住み心地はなかなかに良かった。確かに事故物件ではないのだろう、気味の悪さも怪異もまるで無い。これは良いものを借りる事が出来たと、得をした気分だった。
ある日の事、帰宅の道すがら家の前まで来て、ふと自室を見上げた際、窓に人の影が写っているのを発見した。
見ればスポーツ刈りの若い男性のようだ。さては泥棒か何かかと、急いで部屋へと向かえば、中には誰もいない。それどころか俺が部屋を出て行った時と同じ状態で、カーテンは閉め切られているのだ。そんな状態で窓に人の姿が写る筈が無い。
窓の前に立つ。先程見た男の姿同様に外を眺めてみれば、奇妙な違和感。その窓の下に見える景色は、俺がいつも使っている道ではないのだ。
慌てて外へと出て、もう一度窓を見る。ようやく分かった。さっきの男の姿が見えていたのは西側の窓ではなく、部屋の内側には存在していない南側の窓なのだ。
もう既に要らなくなったものと思い、丸めて捨てた部屋の見取り図をゴミ箱から漁る。要するにこの見取り図は合っていたのだ。南側には確かに窓はある。だがその窓は何故か、一面の壁で覆われて使えなくなってしまっていると言う訳だ。
壁に触れ、軽く叩いてみる。素人工事なのだろう、中に空間がある張りぼてのような音がする。
どうしようか迷いはしたが、思い切ってその壁を壊す事にし、スチールハンマーで壁の中央を打ち抜けば、壁はもろくもボロボロと崩れ落ちて行く。
そして俺は、情けなくも悲鳴を上げた。その壁の中にはぎっしりと神棚が積み重ねられ、しかもそのどれもが黒く変色し、朽ちて、カビだらけになっていたのだ。
窓は、確かにその向こうにあった。但し内側からベニヤの板が張られ、完全に外とは遮断されていた。
不動産屋の営業の男性が、家まですっ飛んで来た。どう言う事かと説明を求めると、一つ前に住んでいた住人の方が、こんな事をしてしまったのだと言う。
それまでは入る人、入る人、全てが僅か一ヶ月ほどで出て行ってしまう、そんな部屋だったと言う。前の住人は“何か”を恐れ、南側の窓を塞いで神棚で壁を作り、更にそれを塞いだ。
今までここに住んだ者は皆、南側の窓に人影を見たと言う。何でも昔、その窓の手摺りからロープを下げ、首をくくった男がいたらしい。
「窓の外は事故物件扱いにならないんですよ」と、営業は言う。
要するに俺が見た窓に写る男の姿は、部屋の中からではなく、窓に照り返されて写った外からの姿なのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます