#454 『廃屋に取り残された件』

 隣にまたがる県境に、心霊スポットがあるのだと言う。

 高校時代からの友人、HとSと僕の三人で、深夜にそこを訪れる計画を立てた。

 車はSが出した。カメラ当番はHが担当した。映像自体は別にどこかへとアップする予定は無かったのだが、一応は向かう車中からカメラを回し、くだらないトークを交えて撮影を開始していた。

「ここから先は歩きだな」と、登りの山道の途中で車を降りる。まだ先まで行けそうな気配はあったのだが、両側から迫り来る雑草と木々で、車体を傷付けたくなかったのである。

 やがて、目的地へと到着した。ほとんど藪かジャングルのような道を無理に抜け、ひらけた場所にそれはあった。廃屋の一軒家だ。

 見た瞬間に、ほとんど戦慄のような恐怖が身体中を駆け巡った。膝と腹筋が、勝手に震え出す程なのである。

 門をくぐる。庭先にドラム缶が一本立っており、それ自体も妙な迫力があった。僕らはその横を恐る恐る通り抜ける。

 家の前へと立つ。玄関のドアノブを回せば、何の抵抗も無く扉は開く。そうして三人で家の中へと踏み込めば、誰もが呆然としながらその場に立ち尽くす。

「違う」と、Sが言う。同時に僕とHが同意する。すぐに分かった。怖いのはこの家ではなく、庭先に立つドラム缶こそがその恐怖の源である事を。

 もう一度、家の玄関を開ける。瞬時に「ぶわっ」と音がするぐらいの畏怖がやって来る。

 間違いは無かった。ここに来てから感じている強烈な恐怖は、確実にそのドラム缶から放たれているものだと。

 三人で遠巻きにドラム缶を囲む。上には木の板が乗り、大きな石でそれを塞いでいる。

 Hがカメラを構える。Sが石と板を退ける。蓋が無くなったと同時にカメラと照明をその中に向けると、二人は悲鳴を上げて飛び退り、二度、三度と転げながら走り去って行ってしまった。

 僕は、その場に取り残された。場所が悪かったのだ。一緒に逃げるには、まずそのドラム缶の真横を通り抜けなくてはならない。だが、今のように腰が砕けた状態でその横を走って行くような真似は到底出来ない。結局僕は這うようにして廃屋の玄関へと取って返し、ドアを閉めて内側から鍵を掛けた。

 もちろん廃屋は怖かったが、それ以上にそのドラム缶の存在の方が怖かったのだ、

 僕はしばらくそこで震えていた。携帯は圏外で、SにもHにも繋がらない。それでも彼等が助けに来てくれる事だけを祈ってそのドアの内側でへたり込んで待っていたが、十分経とうが二十分経とうが迎えには来ない。

 やがて外から妙な物音が聞こえて来た。何やら金属を叩くか蹴るかしているような、重く鈍い打撃音だ。

 いずれあの音の主はここにも来るだろうと言う予感はあった。同時に僕もまた無事では済まないだろうと言う予感も。

 それからどれぐらいの時間を過ごしたのだろう、外から何やら声が聞こえた。

 それは確かに人の声で、僕よりも若干若いだろう、怖がりながらもはしゃいでいる声だ。

 そっとドアを開ける。すると向こうもまた僕の事を見付けたか、誰もいないと思っていた筈の家のドアが勝手に開いたのを見て、一斉に悲鳴をあげた。

「助けてくれ!」と、僕は飛び出る。向こうにいる若者達は皆、転げるようにして逃げ出す。

 今度こそ僕はそのドラム缶の横を早足で通り抜け、逃げ惑う若者達の後を追い、無事に下山した。

 後日、SとHにさんざ文句をぶちまけた後、あの中に何が入っていたのかについて問い質した。

 だが答えは、「良く分からない」で、もらった画像を見ても、確かに何が映っているのかすらも良く分からなかった。

 ただ確かに、そのドラム缶の中で、“黒い何か”が蠢いている事だけは理解が出来た。

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