#453 『ストライク』

 ある日を境に、我が家に妙な現象が起こるようになった。

 それは決まって、居間で起きる。しかも比較的、そこに大勢の人が集まっている最中が多かった。

 怪異は単に、“音”である。居間の天井の隅から始まり、突然にカラカラカラカラ――と音がし始めると、それが天井の反対端まで続き、カツン、カツンと乾いた音を立てて終わる。そんな現象が時折、起こるのだ。

 最初は何なのかまるで分からなかった。一応確認しようと天井の板を外して上を覗き込むも、当然の事ながら誰の姿もなく、埃だらけで誰かが歩いた後すらも無い。

 ある時、お母さんがこう言った。「これ、ビー玉遊びじゃない?」と。

 言われてみればそんな感じだ。誰かが指先でビー玉を弾き、それが天井裏を転がって、他のビー玉にぶつかる音。一度そんな風に聞いてしまったのならば、もう他の音には聞こえなくなるぐらいに、そんな印象を強く抱いてしまった。

 だがもちろん、誰かが天井裏で遊んでいる筈も無く、実際にはビー玉が転がる程に平らでも無い。要するに、そんな音が天井裏から聞こえると言うだけの話なのである。

 音は、次第に回数を増して来た。最初は数日に一回と言う頻度だったのが、次第に二日に一度となり、一日に一度となって、今では毎日、朝夕関係なく何度も聞こえるようになってしまった。

 音だけとは言え、やはりそれが鳴り出すと気になってしまうもので、例えそれが食事中でも、皆でテレビを観ている時でも、それが鳴り出すと誰もが黙って天井を見やる。そんな毎日が続いた。

 とある晩の事だった。いつもよりも少しだけ酒量の多かった父が居間でだらしなく寝そべっていた。

 そこで鳴り出す怪音。カラカラカラ――と転がって、カツン、カツンと音を響かせ止まる。そこですかさず父が、「ストライク!」と、天井に向かって叫んだのだ。

 一拍置いて、家族の全員が大笑いをし出した。妙にその父の言葉のタイミングが、突拍子もなく面白かったのだ。

 そして何故か、それを境に怪音は消えた。もう全く、その音は聞こえなくなってしまった。

 その現象が消えた事については家族の誰もが喜んだのだが、ただ一人、父だけは浮かない顔だった。

 父は何故かあれ以来、歩いていると良く転ぶようになったと言う。

 例の怪音に関係があるのかどうかは分からないが、しょっちゅう膝を青くして帰って来る父は、とても不服そうなのである。

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