#438 『廃ビルの来訪者』

 今流行りのオカルト系YouTuberでもやってみようかと、仲間内でそんな話になった。

 集まったのは俺を含めた高校の同級生が四人。向かう先は市内にある建設途中のまま放置されている廃ビルだった。

 手持ちの機材は個人のスマホで、光源は懐中電灯のみ。どう撮るかなど打ち合わせもないまま、夜を待って現場へと向かった。

 オープニングを撮るも、誰もが不慣れな上に悪ふざけばかりで、全く進行して行かない。

 しょうがないからそこは最後に撮ろうと言う事にして、全員でビルの敷地へと侵入する。

「なぁ、あれ――」と、友人の一人がビルの前に立ち、上の階を指差す。見れば何を言わんとしているのかが分かる。我々よりも先にここに来ていたのだろう、侵入者の姿が窓のガラス越しに見えたのだ。

 それは、片手に松明(たいまつ)を持った男だった。「なんで松明なんだよ」と言った声が仲間内から聞こえる。確かにそうである、実際灯りとしてはそれほど効果も無いし、火を使う以上危険も伴うものであるからだ。

「非常識だな」と、友人のIが怖い口調で言う。彼は自分の事は棚に上げ、他人の非常識さにはとてもうるさい男だった。

 屋内へと踏み込む。さすがは建設途中で放棄されただけあって、なにもかもが中途半端なまま打ち捨てられている。中には床も壁も仕上がっている部屋もあったが、それ以外はコンクリートも入っていなかったり、建材がまだ積み上がったままの部屋も存在していた。

「おい、あれ」と、誰かが指差す。見れば廊下のずっと向こうを歩く、松明の男の姿があった。

「おい、そんなもん持って歩いてたら引火すんぞ!」と、突然のIの怒鳴り声。すると向こうもその声に気付いたか、一旦は立ち止まるも、またどこかへと歩いて行ってしまった。

 その後も、その松明の男は我々の行く先のあちこちに現れた。ちらりと廊下を横切ったり、遙か遠くの窓辺に松明の灯りが見えたりする程度で、なかなか距離は縮まらない。

 だが、我々がかなり大きな空間に出た時だ。松明の男が、部屋の反対側にいる事に気付いた。Iはすかさず、「お前ちょっとそこにいろ」と叫び、早足でそっちへと向かって行った。

 面倒臭い事にならなきゃいいなと思っていると、Iはその松明の男の前まで行き、黙って帰って来た。

「どうした?」と聞けば、「あれ、松明じゃなかった」とIは言う。訳も分からず皆でそっちへと向かえば、それは消火栓の位置を知らせる赤ランプで、確かに松明とは似ても似つかない灯りだった。

「まだ電気は来てるんだな」と、誰かが言う。そうしてまた移動して行くと、今度は二階の手摺りの辺りに松明の男の姿があった。

 またしてもIが詰め寄る。だが今度も同じで、それは松明ではなく消火栓の灯り。そんな事が各フロアで幾度かあった。

 結局、最後まで松明の男とは遭遇しないままだった。特に怪異らしい怪異も起きず、無駄足な気分で家へと帰る。

 後日、その廃ビルの建設が打ち切られた理由を知り、我々は戦慄した。

 それは、消火機器の配置の不備。どう言う経緯でそうなったのかは知らないが、消火栓をどこにも設置せずに建てられた建造物だったらしい。

 もちろんの事だが、廃墟である以上、電気の供給すらもある筈が無かったのだ。

 しかし、皆が撮った映像の中には確かに、おぼろげに映り込む松明の灯りがあちこちに残されていた。もちろんそれは、消火栓の赤ランプの灯りなどではなかった。

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