#437 『空白の二十七日間』

 いささか怪談とはカテゴリが違うような気がするが、なかなか不可解なSFめいた話がある。

 ――私は、千葉県F市にて飲食業を営んでいる者である。

 深夜の閉店後の事だ。店には私以外に、大学四年生のエミちゃんが一人いるだけだった。

 私は厨房にて片付けを。エミちゃんは店内の椅子を上げ、掃き掃除をしていた。

「あれっ?」と声が聞こえた。見ればカウンター越しに、店内がとても明るい光で照らされているのが分かった。エミちゃんは眩しそうに手で庇を作りながら、「ちょっとぉ、もう閉店ですよ」と、愚痴っぽい声で喋っている。

 なんとなくだが光の加減が、店の前に車を真正面に停め、ハイビームのヘッドライトで店内を照らしているような感じである。

「ねぇちょっと、もう閉まってますからね!」と、エミちゃんは大きな声を出し、店の入り口へと向かう。店のドアは先程私が施錠したから開かないとしても、なるべくならばトラブルは避けたい。私は手にした鍋を放り投げ、エミちゃんの元へと向かう。だが――

 BGMの止まった店内は、暗く、そして誰もいなかった。「エミちゃん?」と呼んでみるも、どこからも応えが無い。どころか、先程まで目映い光で店内を照らしていた、その光源の元たるものさえ見付からない。ネオンを落とした店の前には、人どころか車の一台さえ停まっていないのだ。

「エミちゃん?」もう一度、大きな声で呼んでみる。そして店のドアを確かめると、そこは確かに施錠されている。

 私は咄嗟に、何かとんでもない事が起きていると察し、すぐに電話へと手を伸ばした。

 もちろん店の中はまだ探すべき場所が沢山あるのだが、なんとなくそのどこにも、エミちゃんはいないだろうと思えたのだ。

 やがて警察が到着する。店の中を捜索するが、やはり彼女はどこにもいない。それどころか彼女の乗る自転車はまだいつもの場所にあり、ロッカーには彼女のスマホも財布も置きっぱなしになっている。

 すぐに近隣の捜索が始まった。だが結局、エミちゃんの行方は辿れないままだった。

 ――それから二十七日後。店に一本の電話が入る。驚いた事にそれは四国からの電話で、掛けて来た電話の主は、エミちゃんの弟であった。

「姉が昨日、ぼーっとしながら家の前に突っ立ってたんです」と、弟は言う。

 いつ帰ったの? 学校はどうしたの? 電車で来たの? それとも飛行機? 何を聞いても要領が得ない。エミちゃんはまるで夢遊病のように、焦点の合わない目付きで黙り込んでいると言うのだ。

 かろうじて、手掛かりはあった。店名の入ったエプロンと、そのエプロンに無造作に突っ込まれた勘定書きだ。それを見て弟は、「もしかしてバイト先のものか?」と察して電話をくれたのだと言う。

 さて、本人は無事に見付かったものの、残った疑問は果てしない。財布も電話も店に置きっぱなしのまま、どうやって千葉県から四国まで辿り着けたのか。しかも歩いて帰ったとしても、シャツとジーンズパンツとエプロンと言う軽装で、しかも足下はサンダルである。とてもではないが、徒歩で陸路と言う訳には行かないだろう。

 数日後、エミちゃんは両親と弟と一緒に千葉までやって来た。そして彼女のアパートを訪ねてみるも全くの無反応で、どうやら記憶喪失の疑いがあるのではないかと言う懸念があった。

 そして私の提案で、エミちゃんを店まで連れて行く事にした。もしかしたら何かしら思い出すのではないだろうかと思ったのだが、その行動は彼女の容体を更に悪化させる事となった。

 エミちゃんは店を見るなり喉が裂けるのではないかと思う程の絶叫を上げ、呼吸困難を引き起こして失神してしまったのだ。

 エミちゃんは結局、学校を辞めて実家へと帰って行ってしまった。

 あの晩、彼女は一体何を目撃し、どこへと消えてしまったのか。今以て何も解決はしていない。

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