#434 『稲荷神社にて』

 家の裏手に小さな高台の神社がある。お狐様を祀る稲荷神社である。

 僕がまだ小学生だった頃、友人二人と一緒にその神社へと向かい、何をする訳でもなく境内をぶらぶらと歩いていた。

 ふと気が付くと、地面に一本、ジュースの空き缶が落ちていた。当時は今とは違って、縦に細長いスチール缶だった。それを見た友人の一人が、何を思ったか助走を付けて缶を蹴り飛ばしたのだ。

 方向的に、缶は神社目掛けて飛んで行くと僕は思った。だがそんな想像とは違って、缶は高く、真上へと飛んだ。飛んで落ちて来て、そして僕らの目の前で転げる事なく立ったのだ。

 僕らはそれを見て、凄い凄いと口々に囃し立てた。蹴った友人はとても得意そうに、「もう一度」と蹴ると、またしてもそれは地面に真っ直ぐ降り立ったのだ。

 今度はもう一人の友人が蹴った。やはり結果は同じ。次は僕が蹴るも、やはりその缶は転げる事無くしっかりと立ち上がる。僕達はそれが面白く、代わる代わる何度も何度も缶を蹴り、もはや失敗して横に転がそうと躍起になる程だった。

 気が付けば日は沈み、もはや境内は足下すらも危うい程に真っ暗になっていた。

 そろそろ帰ろうと言う段になって、僕はその缶を手放すのが勿体なく、二人に断って持ち帰る事にした。

 家へと帰ると、僕は早速兄二人を呼び出し、「見てて」と、得意げに缶を蹴り上げた。

 だが缶は、僕の想像とは違って真横へと飛び、庭の花壇の鉢植えを盛大に転がし、割ってしまった。

 その物音を聞き付けて祖母が家から出て来ると、何でこんな事をしたんだと僕を叱る。僕はつい先程まで、その缶が真上に飛んで真っ直ぐ着地した事を拙い言葉で伝えると、「そりゃあお狐様が遊んでくれてたんだ」と、祖母は笑った。

 翌日、僕は祖母と一緒に油揚げを持ち、神社へと向かった。

 手を合わせ、一通りの御礼を述べた後、僕は昨日の缶を地面に置いてそれを蹴った。

 缶は高く、真上へと飛び、祖母の見ている前で綺麗に真っ直ぐ降り立った。

 祖母はそれを見て、神様と遊ぶ機会なぞなかなか無いぞと、嬉しそうに笑った。

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