#433 『ガラス片が物語るモノ』

 念願の一戸建て住宅を購入した。但し交通の便はとても悪い場所で、車が無ければ買い物一つすらも苦労するような場所なのである。

 車はいつも夫が通勤で使ってしまうので、私はもっぱら自転車で用事を済ましている。だがある日、「良い中古車を見付けた」と、夫が黄色の軽自動車を購入して帰って来た。

 それならば娘の愛梨を保育園に送り迎えするのに、夫の手を患わせずに済むと、私も安心が出来たのだが――

「ママ、この車……やだ」と、愛梨が言う。翌朝の通学時の事だ。

 だが、嫌だと言っても私自身の仕事もあるので、どうしても保育園まで送り届けないといけない。嫌がる愛梨を無理に助手席に乗せ、出発した。

 走り出して少しすると、突然愛梨は火が点いたかのように泣き出した。理由を聞いてもまともに会話も出来ないぐらいである。仕方無く私はその場で家に引き返し、娘の容体が悪いと保育園とパート先に連絡し、その日は二人で休む事にした。

 ようやく愛梨が落ち着きを取り戻し、泣いた理由を尋ねたら、走行中にいきなり背後から髪を引っ張られ、なんだか良く意味が分からない言葉で、知らない女性に脅されたのだと言う。

 夜遅くに夫が帰宅すると、私はあの車を購入した経緯を聞いてみた。すると夫は、メーカーの展示車だから新古車同然で、事故など起こした車ではないと言う。それでも、愛梨がそこまで怖がっている事を伝えると、「じゃあしばらく車を替えるか」と、夫がその軽自動車に乗る事で落ち着いた。

 翌朝、夫の愛車であるセダンタイプの車のドアを開ければ、愛梨は何も嫌がらずに乗り込んだ。だが、夫の方は何か問題があった様子で、「二回もクラクションを鳴らされた上に、後続車から無理矢理に停められた」と、帰るなりそんな愚痴を聞かされた。

「何があったの?」と聞けば、「良く分からない」と夫は言い、「人を引き摺ってるだの、屋根に誰かが乗ってるだのと、訳の分からない理由で停められた」のだと話す。

 だが確かに、事故車には思えないほどに綺麗な車ではあった。どこにも傷もヘコみも無い。どころか走行距離すらもまだほんの僅かである。結局、「気のせいだろう」と言う結論になったのだが、やはりその後も、同じような現象が続いたらしい。

 ある日の事、私の不慣れな運転のせいで、愛梨を保育園へと送った後、単独事故を起こしてしまった。

 車は完全に走行不能で、レッカー車を呼ぶほどの騒ぎとなってしまった。当然、我が家には例の黄色い軽自動車しか無くなり、またしても不便な生活を強いられる事となってしまった。

 ある夜の事、少々遅い時間になって夫が愛梨を迎えに行くと、どうしても「乗らない」と駄々をこねたらしく、夫と愛梨はタクシーで家まで帰って来た。仕方無く「私が車を取りに行くから」と、そのまま再びタクシーに乗り込み、車を停めている場所まで向かう。

 そうして車を走らせていると、妙な事に気が付いた。助手席の窓にぼんやりと車内の灯りに照り返された私の顔が見えるのだが、何故かその顔は微動だにせず私を睨み付けているように感じるのだ。

 薄気味悪いわと、なるべくそちら側を見ないように運転していると、突然激しい衝撃音で車体の後部を叩かれた。

 私の悲鳴と急ブレーキ。私は車をその場所に放置したまま、逃げるようにして家へと歩いて帰った。

 後日、私と夫は知り合いの自動車修理工を訪ね、「調べて欲しい」と頼んだのだ。

 話を聞いた若い工員さんは、内側の内装を全て剥がして、エアコンのダクトを逆さまに振ってみた。

 そこからこぼれ落ちる、粉々になったガラス片。「事故車ですね」と、その若い工員さんは言う。

 もしかしたらこの車は、後ろに大きくはみ出た鋼材か何かを載せたトラックに、突っ込んだものではないかと、話してくれた。

 フロントガラスを突き破り、運転手と助手席の人は亡くなるが、車体そのものはどこにもぶつかっていない事故車と言うものは、たまにあるのだと言う。

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