#432 『帰りたい場所』
訳あって、両親と離れて祖母と二人だけで暮らしている。
二階にある僕の部屋からは、真っ直ぐに伸びる細い路地が見える。仕事柄、昼夜逆転している為に翌日の早朝に布団へと入るのだが、ある時、僕が寝ようとする時間帯に帰宅する、一人の女性の姿に気付く。
時刻は四時半。ようやく暗い世界に光が射して来ようとする時分である。
長い髪に、丈の長い黒のワンピース。遠くてその表情までは見えないが、なんとなく綺麗な人なのではないかと推測出来る。
門を開け、ドアに鍵を差し込み、少しだけ躊躇った後にそのドアを開けて中へと吸い込まれて行く。そんな光景をほぼ毎日のように眺めながら、僕は就寝するのである。
ある晩、僕にとっての朝食を食べつつ、なんとなく祖母に向かってその女性の話をしてみた。
最初は特に興味も無さそうに聞いていた祖母だが、「どこの家よ」と言う問いに、「庭先に子供用の赤い自転車が置いてある家」と答えれば、その顔色が変わる。
「どんな女だ」、「いくつぐらいだ」、「毎朝来るのか?」と、矢継ぎ早に質問され、「知らん」と返事をすると、翌日の朝に一緒にその家まで行こうと言い出すのである。
そして仕事終わりのその翌朝。まだ暗い内から起き出して来た祖母に付き合い、その家の前まで向かう。
女性は、時間通りにやって来た。僕らが見ている前で堂々と家の門を開け、そしてバッグから取り出した鍵でドアを解錠する。
「真優ちゃん」と、その背に祖母が声を掛ける。女性はすぐに反応し、振り向くと同時に、「おばちゃん!」と、驚きの声を上げる。訳あって、両親と離れて祖母と二人だけで暮らしている。
二階にある僕の部屋からは、真っ直ぐに伸びる細い路地が見える。仕事柄、昼夜逆転している為に翌日の早朝に布団へと入るのだが、ある時、僕が寝ようとする時間帯に帰宅する、一人の女性の姿に気付く。
時刻は四時半。ようやく暗い世界に光が射して来ようとする時分である。
長い髪に、丈の長い黒のワンピース。遠くてその表情までは見えないが、なんとなく綺麗な人なのではないかと推測出来る。
門を開け、ドアに鍵を差し込み、少しだけ躊躇った後にそのドアを開けて中へと吸い込まれて行く。そんな光景をほぼ毎日のように眺めながら、僕は就寝するのである。
ある晩、僕にとっての朝食を食べつつ、なんとなく祖母に向かってその女性の話をしてみた。
最初は特に興味も無さそうに聞いていた祖母だが、「どこの家よ」と言う問いに、「庭先に子供用の赤い自転車が置いてある家」と答えれば、その顔色が変わる。
「どんな女だ」、「いくつぐらいだ」、「毎朝来るのか?」と、矢継ぎ早に質問され、「知らん」と返事をすると、翌日の朝に一緒にその家まで行こうと言い出すのである。
そして仕事終わりのその翌朝。まだ暗い内から起き出して来た祖母に付き合い、その家の前まで向かう。
女性は、時間通りにやって来た。僕らが見ている前で堂々と家の門を開け、そしてバッグから取り出した鍵でドアを解錠する。
「真優ちゃん」と、その背に祖母が声を掛ける。女性はすぐに反応し、振り向くと同時に、「おばちゃん!」と、驚きの声を上げる。
「やっぱり真優ちゃんか。どうした、今頃帰って来て」言うとその真優ちゃんと呼ばれた女性は、「ちょっと……心配で」と、言葉を濁す。
「毎日帰って来てるって言うから、もう大概察しただろうが、あんたの両親はもうとっくに出て行って連絡取れないよ」
言われてその女性は、悲しそうな顔をして、「分かってる」と頷く。「長年空き家になってるのは分かったから、今少しずつ掃除してるの」と説明した。
「ならいいけど、もうこの家は他所様の持ち物になってる可能性もあるからな。気を付けて入りなさいな」
言われて女性は、軽く会釈をして家の中へと入って行った。
後で祖母に、「誰?」と聞けば、かなり昔に親と喧嘩して家出して行った、あの家の娘なのだと言う。だがその両親もまた事業の失敗か何かで行方をくらまし、もう長い事あの家は誰も住まないままの空き家になっていたらしい。
だがその翌日は、女性ではなく男性が家を訪ねて来ていた。僕は慌てて寝ている祖母を叩き起こし、「今度はあの家の息子が帰って来ている」と告げると、「息子はいなかった筈だが」と、すぐに家を出て行く。
「何用ですか?」と祖母がその男に尋ねる。するとその男は、昨日逢った真優ちゃんの彼氏だと言う。
「亡くなる前に、もう一度両親に逢いたかったと申しておりまして」と、その男は告げた。
合鍵で、家のドアを開ける。見ればドアの内側は山のように積まれたゴミだらけで、どうやっても中に入って行けそうな隙間は見当たらなかった。
真優ちゃんは数ヶ月もの入院生活の末、昨日の早朝に息を引き取ったと言う。
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