#429 『聞いてくださいよ』
ゆーろさんの体験談、二夜目。
――私が高校生の頃の話である。
友人に、M美と言う名前の子がいる。高校になってからの友人ではあったが、私とはなかなかに気が合い、時々は電話でのやりとりまでしていたぐらいであった。
ある晩の事、M美から電話が来た。当時はまだスマートフォンどころか携帯電話すら普及していなかった時代である、当然、家の固定電話での通話であった。
そうして話し始めて間もなく、私達の会話の中に、小声で男性の声が混じり始めた。
「ねぇちょっと、聞いてくださいよ」
当時、“混線”と言う不具合はしょっちゅうあった。他で話している電話の回線が、こちら側に入り交じってしまうと言う現象である。
「なんか混じっちゃってるね」と、M美は笑う。私はこちらの会話が向こうにも聞こえているのではないかと思って嫌がったのだが、M美はまるで気にもしない様子で、そのまま会話を続けるのだ。
「……とか思いますね」
「……らしく、注意すべきかなと感じます」
かなり遠い声なので向こうの会話は鮮明に聞こえては来ないのだが、誰かに何かを説明しているような感じの、話の内容だった。
突然M美が、「これ、混線じゃないかも知れない」などと怖い事を言い出す。
「ねぇ、もしかしてそっち、誰かいる?」と聞くので、部屋に一人きりの私は即座に、「ううん、誰もいないよ」と返した。
「でもなんか……そっちで話しているような声に聞こえるんだけど」と、M美。それは私自身も思っていた事で、「いや、そっちから聞こえるよ」と返事をする。
「いや、そっちだって」
「ううん、そっちから聞こえるから」
などと言うやりとりの後、「じゃあ一回、電話切ろうか」と言う事になり、私達は同時に受話器を置いた。
耳を澄ます。何も聞こえては来ない。やはりM美の方からだと私は確信し、その晩は安心して眠った。
翌日、学校でM美に逢えば、「やっぱ私の方だったみたい」と、私に謝るのだ。
「でも、ちゃんと対処したから。もうあの声は混じらないから」と言う前置きの上、「今晩もう一回、電話しよう」と言うのである。
今晩の電話で声が混じる事が無ければ、あの声はM美の部屋から聞こえていると言う証拠になり、そしてもうそれが対処されたと言う事らしい。私はまるで意味が分からなかったのだが、気軽に「いいよ」と、安請け合いをしてしまった。
夜、約束の時間通りに電話が来た。私はすぐに子機へと飛び付き、通話ボタンを押した。
「もしもし」と言う、M美の声が聞こえた。そしてそれにかぶって、「ねぇちょっと、聞いてくださいよ」と言う、男の声が聞こえた。
そしてM美は小さく、かろうじて私に聞こえる声で、「やっぱそっちだ」と呟いたのだ。
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