#427 『ネガの中』

 彼氏から連絡があり、「見て欲しいものがある」と言うので、出掛けて行った。

 駅近くにある喫茶店で待ち合わせをした。彼は少し遅れてやって来て、私の真向かいに座る。と同時に、針で刺されたかのような痛みと凝りが、左の肩にやって来た。

「これ、見てもらいたいんだよね」と差し出されたのは、写真の束だった。そのどれもが若い女の人の写真で、しかも写真自体がとても色褪せしており、女性の服装もまた今の時代にはそぐわない古めかしいものであった。

 綺麗な人ではあったが、見ているとどこか落ち着かない、そわそわとした気分になる。

「これ、どうしたのよ?」と聞けば、「カメラの中に入ってた」と、彼氏。どうやら彼の伯父が亡くなり、形見分けにもらった旧式のカメラの中に、この写真のフィルムが入ったままになっていたそうなのだ。

「その伯父さんの奥さんとか?」聞けば、「伯父は生涯独身だった」と彼は言う。

「でも若い頃、結婚を前提で付き合っていた女性がいたとは聞いた」

「じゃあ、その人なんじゃない?」言うと彼は、「そうかも知れない」と頷く。

 ではどうして、そんな人の写真をカメラに入れっぱなしにしておいたのだろう? しかもその時代背景を見る限りでは、一年か二年程度の昔ではない。確実に数十年と言う月日が経っている筈なのである。

 やけに肩が痛い。次第に頭痛までもがし始める。なんだか絶えず頭上から罵声を浴びせられているかのような、とても嫌な気分に陥る。

 ふと気が付けば、テーブルに並ぶコップが三つ。内一つが、私の真横に置かれている。

 こりゃあ何かあるなと思い、席を立ち、トイレへと向かった。そうして席を離れて、私はこっそり彼の背後からスマートフォンで写真を撮った。そして、それは写った。今し方彼に見せられた、写真の女性だ。

 女性は両肘をテーブルに付け、とても嬉しそうな笑顔で身を乗り出しながら彼に向かって何かをしゃべっている。そんな雰囲気に見えた。

 戻ると、私はほんの少しだけ椅子を離して座る。そして彼に、「あなたって、その伯父さんに似てた?」と聞けば、「親父に言わせると、瓜二つだそうだね」と、彼氏は言う。

 全ては氷解した。私の横に座っているのはその伯父の彼女で、若い頃に亡くなり、そのまま伯父の傍に居続けていたのだろう。

 伯父が独身だったのはきっとそのせいだ。亡くなった彼女に未練があったのではなく、きっとその彼女自身が、他の女性を受け付けないように妨害していたのだと思う。そう、まるで今の私にしているみたいに。

 私は、「用事があるから」と席を立つ。同時にそっと、見えない彼女に向かって、「邪魔しないのでごゆっくり」と囁いて店を出た。途端、頭痛も肩の凝りも無くなった。

 その後、彼とは自然消滅のようにして別れた。気の毒だが、彼もまた生涯独身を貫く運命になるのだろうと私は思った。

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