#421 『トンネルの途中で』

 九州へと向かう特急列車の中での事。

 やけに長いトンネルだった。私は暇を持て余し、何も見えない暗闇の窓の外を覗く。

 ふと、その暗闇の中で目が合った。車内の光が窓の反射し、私の背後がそこに見える。それは私が座るシートの、通路を挟んだ反対側、そこに座る一人の男性の視線だった。

 何故かその男性は私の方を向き、何かを含んだかのような笑顔で、窓に映り込んでいるであろう私の瞳を覗き込んでいるのだ。

 なんだこいつ、気味悪いな。思ってそちらへと振り向くが、何故かそこには誰の姿も無い。

 気のせいか――と、再び窓の方へと向き直れば、またしてもその男と目が合う。しかも男はいつの間に移動したのだろう、私の真横へと座っているのだ。

 私は今度は振り向けなかった。確実に、その男の異常性を感じ取ってしまったからだ。

 男はまるで視線を逸らす事なく私を見て笑い、耳に口を近付けながら、「見付けましたよ」とささやく。

「あなた、サヤカさんですよね?」

 どっと汗が噴き出る。私が無言でいると、尚も男は、「あなた、サヤカさんですよね?」と繰り返す。

「いえ、違います」と、私は小声で返す。どうでもいいが、サヤカと言えば女性名だろう。なんでこんなオッサンを捉まえてそんな事を聞くのだろうと、余計にその男を気味悪く感じた。

 途端、男の顔から笑顔が消える。次の瞬間、まるで私から興味を失ったかのように席を立ち、前の方へと移動して行った。

 途切れ途切れに、深い溜め息を吐く。ようやくいなくなってくれた――と、窓から目を離し、男がいた方へと振り向けば、今度こそその男と直接に視線が合い、物凄い至近距離から、「やっぱりあなた、サヤカさんだ」と笑ったのだ。

「サヤカではありません!」

 ――と、自身の声で目が覚める。思わず身体が撥ねて、前のシートを軽く蹴飛ばした。

 夢だった――と安堵するも、いつそこへと座ったのか、さっきまで空席だった隣のシートに誰かが座っている事に気が付いた。

 慌てて目をやる。だがそこに座るのは夢の中の男などではなく、綺麗な若い女性であった。

「ひどくうなされてましたよ」と、女性はくすぐったそうな笑顔で笑う。私も思わず釣られて笑い、「申し訳ありません」と謝った。

 だが、次の言葉がまたしても私の表情を凍らせた。

 女性は夢の中の男と全く同じ視線で、「ところであなた、どうして私の名前を知ってるんですか?」と、私に聞いたのだ。

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