#412 『赤いレインコート』
義妹の体験談、最終話。
――マンション近くのとある一画にて、いつも通りに背を向けて立っている赤いレインコートの女がいる。
いつもただ、そこにいるだけだ。雨の日はおろか、晴天でも荒天でも、うだるような暑い真夏日でさえもじっと動かずにそこにいる。
やがて私自身も、その女の事は気にも留めなくなっていた。ただの風景であるかのようにそこを通り過ぎるだけ。そんな感じで、その女の事を知ってから五年もの歳月が経っていた。
ある日の事。私は突然に、その風景である筈のものが変化している事に気付いた。
顔が、足の先が、こちら側を向いているのである。
今までずっと背中しか見せていなかったその赤いレインコートの女が、今日に限って正反対を向いているのだ。
見てはいけないと、咄嗟に思った。私は全く見えていない振りを決め込み、黙ってそこを通り過ぎた。
だがその日を境に、女の立つ場所が常に変化をし続けた。まるでどこかへと向かっているかのように、僅か数歩ずつ動いているのだ。
私は毎日のように、どこかへと向かっているその女の横を通り過ぎ、自宅マンションへと帰る日々が続いた。
ある日の事だ。いつものように外階段を上り、三階へと辿り着く。そこで一人の少女が顔を覆って泣いているのである。
良く良く見れば、それはウチの隣に住むYさんの家の娘さんだった。私は慌てて、何があったのかを聞いてみる。するとその子が話す内容と言うのが、まさにあの赤いレインコートの女に関するものだった。
「私の家に向かって来ているの」と、その子は言った。
正直、我慢の限界だったらしい。私にとってはただの風景の一部に過ぎなかったものが、まだ小学生であるその子にとっては毎日が苦痛になるぐらいの恐怖の対象だったのだ。それがどこで知った情報なのかは知らないが、ある日その子は赤いレインコートの女に向かって、除霊を試みたのだと言う。
翌日、女は逆を向いていた。それが十日程前の事だと言うので、そこは私の知っている部分と同じであった。
「私もそれは知っている」とは話さず、私は自分で出来る範囲内で、その子を助けようと思ったのだ。
だが、出来る事と言えばありったけのお札や、お守り。そして盛り塩に、魔除けの経文を唱える程度。それですら効き目があるのかどうかも怪しい。
だが、その日から例の女の姿が消えたのだ。私が帰る道すがら、どこにも姿が見えなくなっていたのである。
あれはあれで効果があったのねと、私は安堵しながらYさんの家の前を通り過ぎる。
そして自宅の部屋のドアを開ける。――女は、そこにいた。どうやら目当ては、隣人の方では無かったらしい。
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