#409 『落ち武者』
前出の旅人の話である。
――兵庫県のとある山中にて、荒れ寺を見付けた。
夕刻も近付いて来ていた時刻なので、今夜はここで野宿とも考えたのだが、どうにも場所的に薄気味悪い。自分で言うのもなんだが、僕は人よりも恐怖心と言うものが薄いらしく、あまり場所や雰囲気等で「怖い」と感じる事がとても少ないのだが、何故かその場所だけはとても落ち着かない程に気持ち悪さが勝っていた。
それでもこんな時間から落ち着ける場所を探せる訳も無く、仕方無く僕はそこで夜を明かす準備を始めた。
やがて夜の帳が降り始める。僕は本堂の中には入らず、縁側に寝袋を敷いて潜り込む。
珍しく、なかなか寝付けないまま悶々としていると、どこからか「ガチャガチャ」と騒がしい音が聞こえて来た。
同時に大勢の人の声。そして足音。
「寺があります」の声に続き、「今夜はここで過ごそうぞ」と、聞こえて来る。見れば驚いた事にそれは鎧、甲冑を着込んだ武士の一群で、まるで今しがた戦で敗れて逃げ落ちて来たかのように、誰もが皆酷い怪我を負っている。
背に矢を受けたままの者。折れた槍を杖代わりに歩く者。腕を無くして瀕死な者もいる。僕は驚き身を起こせば、「誰ぞ」と、その中の一人に声を掛けられた。
突然、本堂の戸がぐわっと開いたかと思えば、僕の身体はそこから伸びて来た腕に掴まれ、その本堂の中に引き摺り込まれる。同時にその腕の主は、「ただの旅の者だ。関わりないよう過ごすよって、そちらもそうするが良い」と、野太い声で言う。
扉が閉まる。外では、「ほっとこう」と言う声が聞こえる。僕を引き摺り込んだ男は、「向こうは落ち武者狩りを恐れているだけだ。夜が明けたら出て行くよって、安心せい」と言う。
本堂は真っ暗で何も見えないが、どうやら安心の出来る存在のようで、僕はそんな状況だと言うのに、あっと言う間に眠りに落ちた。
翌朝、目を覚ませば、想像した通りに誰の姿も無かった。本堂は屋根が落ち、壁もまた穴だらけで、とてもではないが普通の神経ではここで眠る事など出来ないような荒れ方だった。
僕は寺の前に、持っているありったけの食物を供物として捧げ、手を合わせた。そして例の落ち武者達がたむろっていた辺りの石を一つだけ拾い上げ、それを旅の間中持って歩いた。
そして岡山県の某所。これまた酷い荒れ方をした寺で一夜を過ごそうとしていると、またしてもあの「ガチャガチャ」と言う、記憶に新しい音が聞こえて来た。
驚いて身を起こせば、やはりあの落ち武者の集団で、何故か彼らは僕の前で立ち膝の礼の姿勢で、「ここまで連れて来て頂き、感謝の言葉が見付かりませぬ」と、涙声で言うのだ。
落ち武者達はひとしきりの感謝をした後、三々五々とあちらこちらに散って行った。
翌朝、僕は例の石を寺に預け、そこを後にした。
後にその話を友人にした所、播磨へと出兵した備前の兵の霊なのではと聞かされた。
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