#406 『十一人目』

 近年の感染病にて家から出られない日々が続き、自然に人々のライフスタイルが変化して行く中、僕もまた知人や友人の集まるオンライン会議で飲み会をするのが常になりつつあった。

 ある晩の事、缶酎ハイを目の前に三本並べ、会議用のソフトを起動する。

 僕はマイク付きのヘッドホンを付け、皆に挨拶をする。すると皆は口々に、「お疲れ」とか、「遅かったぞ」とか声を掛けてくれた。

 その晩は、総勢十一人。かなりの大賑わいだった。僕はそれが楽しくて一気に酎ハイを二本も空けてしまった。

 しばらくして、ふと気付く。会話の中に、どうにも耳障りなノイズが混じっている事に。

「誰かテレビとか点けてる?」と僕は聞くが、誰一人として該当者は現れなかった。

 ただ、怪しい人物はいた。それはこのオンライン会議では初めて見る人で、一人だけ皆から浮いているような感のある、地味で野暮ったい印象の女性。その女性は何やらずっと独り言でも言っているかのように、唇が動いているのが分かったのだ。

 ノイズは、声だった。ただそれがとても低く不明瞭で、何を言っているかも分からないし、むしろ声だと言う事すらも怪しい程であった。そしてその声は、限りなくその怪しい女性の口の動きと合っている。僕は間違いなく、その女性の発している声だと認識した。

 女性は一体、どんな姿勢で参加しているのか、背後には部屋の天井だろう部分が見て取れた。

 何故天井だと分かるのかと言えば、画面の端に時折、照明だろうものが見え隠れしているからなのである。

「こいつ気味悪い」と、皆に聞こえないように呟く。すると、一瞬遅れてその女性が笑い顔を見せた。僕は酎ハイの三本目を急いで空にすると、「今日はもう落ちるわ」と、皆に挨拶をして退場をする。

 モニターが真っ暗になり、皆の声が消える。だが――例の女性の声はまだ続いていた。

 慌ててヘッドホンを外す。その瞬間、ようやくはっきりと聞こえた。

 とても低く、不明瞭な声が僕の背後から、「ずっとあたしの事見てるよね?」と。

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