#403 『かみのえ』
我が家はとんでもなく高台に建っている。
林道をだらだらと登って行くと、途中で民家も何も無くなる。だが僕の家はさらにそこからずっと上にある。おかげで我が家は“上の家(かみのえ)”と、町の人に呼ばれていた。
僕が小学校の頃だ。家から少し下った辺りで、突然工事が始まった。一体何が建つのだと思えば、驚いた事になんと遊園地なのだと言う。
当然、僕は喜んだ。なにしろ歩いてでも行ける距離に巨大な遊び場が建つのだ。それまでは家の建つ辺鄙さをずっと恨みに思っていたものだったが、ここでようやく救われたような気がしていた。
工事は順調に進んだ。まずは木々が伐採され、地ならしが終わり、広大な敷地がアスファルトの地面に生まれ変わる。やがて着々と遊具らしきものが運び込まれて来た。だが、何故か工事はその辺りで中断され、そこから開発が進む事は無かった。なんでもそこで費用が底を尽きたらしい。すぐにそこの敷地にバリケードが張り巡らされ、全ての業者が撤退した。
そこが新しい名物のスポット観光地となるのは、すぐの事だった。
どう見ても町の住人ではないだろう人達が入り込み、動かない遊具に乗って奇声をあげる。また、その隣に広がる広大な駐車場は、カップルやら暴走族の集会やらで真夜中まで賑わうようになってしまった。
もうその頃は僕も中学生で、今までは父の運転する車で麓まで行き来していたものが、自力でペダルを踏む自転車に取り変わる。つまり帰宅時にはその長い長い、途方もなく長い坂を必死で登らなくてはいけなくなったのだ。
しかも夜ともなれば治安も悪い。たむろっているガラの悪い連中に声を掛けられた事は何度もあった。
さすがに麓の町でもそれが問題となったらしく、やがてその広大な敷地は全面的に高いフェンスで覆われる事となる。もうそうなるとさすがに人は来なくはなるのだが、今度は一気にひと気が無くなり、行き帰りがとても寂しいものになる。特に帰りは部活を終えて夜遅くの帰宅となるのだ。怖くない訳が無い。
ある日の夜、いつも通りに街灯の少ない坂道を必死で登っていると、ちょうど遊園地の入り口だっただろう付近のフェンスの内側から、悲鳴が聞こえて来た。どうやら女性のようである。僕は自転車を飛び降り耳を澄ます。するとフェンスを挟んだ反対側辺りで、「助けて!」と、声が上がった。僕はすかさずフェンスを叩き、「どうしました?」と叫ぶ。だが応えは無い。僕はすぐに自転車に飛び乗り、家へと向かう。そして警察に事情を説明すれば、すぐに数台のパトカーが駆け付けて来てくれた。
だが今度は、警察の人々が中に入れないと言う事態になる。やがてどこから入手したのか、フェンスの鍵を持って通用門を通り、かなり大勢の警察官が中を捜索し始めたのだが、結局女性も、怪しい人物も発見するには至らなかった。
僕はただ、「今度こう言う事があったら、家族の誰かを連れて来てね」と諭されただけで終わった。それがとても悔しく、本当に人がいたんだと言う言葉は飲み込んだ。
だが翌日、またしてもその付近で悲鳴が上がる。すぐに父を連れて戻るが、今度は何も聞こえない。そんな事が連日続き、どうしようかと迷っていると、父が僕にボイスレコーダーを買ってくれた。要するに、これでその声を録音しろと言う事なのだろう。
翌日、そのレコーダーはすぐに活躍した。悲鳴の録音に成功したのだ。そして家へと帰って再生してみると、確かに声は録れていたのだが――それは僕が聞いた女性の悲鳴などではなく、まるでマイクに直接口を当てて話し込んでいるかのような、女性のつぶやきだった。
「まだ……外が見えない……」
何を言っているのかは分かるのだが、その言葉の意味は分からない。
ある晩、僕がその坂を登っている最中、警邏のパトカーに呼び止められて、自転車の無灯火と二人乗りについて注意をされた。
無灯火は謝ったが、二人乗りについては言われる筋合いが無かった。
警察官はそれについてはこちらの間違いだったと詫びて通り過ぎて行ったのだが、孤独に坂を登り続ける僕にとっては、気が気ではない出来事だった。
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