#402 『階段の途中で』
明治の頃に建てられたと言われる、相当に古い日本家屋に住んでいる。
きっかけは些細なものだった。不要になってしまった雑誌をひとまとめにして階段を降りている最中、足を滑らせ、持っていた雑誌の束を取り落としてしまったのだ。
幸い僕自身は落ちずに済んだのが、雑誌の方は激しい音をさせて階段を転げ落ちて行った。
さて、怪異はその晩から始まった。突然、階段の方から激しい衝撃音が鳴り響き、見に行くのだが何も無い。それが日に数度、前触れもなく起こるようになってしまった。
衝撃音は、階段の下から数えて四段目から五段目辺りで鳴っているようだった。それはまるで雑誌の束を取り落とした時の物音そっくりで、親父などは「お前にやられた腹癒せなんじゃないのか」とからかう始末。
祖母は「妖怪の仕業だ」と階段途中にお札を貼り巡らすのだが、まるで効果は無い。
結局、怪異の原因も掴めないまま数年が過ぎた。怪異の方は依然収まる気配が無いが、単に音が鳴るだけなので家族も自然にそれに慣れてしまっていた。
ある時、祖母が味噌樽の返しを手伝ってくれと言い出した。仕方無く手伝う事にしたのだが、味噌樽が置いてある納戸はとても薄暗く、昼真でも少々気味が悪い。しかも樽自体がとても大きなものなので、混ぜ合わせるだけでも一苦労なのである。
それでも懸命に作業をしていると、ふといつもの階段の衝撃音が聞こえて来た。しかも相当に近い距離からだ。
僕が驚いて腰を浮かすと、祖母はその様子を見て笑いながら、「お前の真後ろが階段の裏側なんだ」と教えてくれた。
振り返って見ればそれは確かにそのようで、壁が天井に向かって斜めに伸びている箇所がある。
そこで僕はふと、壁の一画に妙なものが飛び出ているのに気付く。それはまさに階段の真ん中辺りに位置するだろう付近の壁で、そこに一カ所だけ外側に出っ張っている桟(さん)のようなものを見付けたのだ。
これはなんだろう。思って触れば、少し軋むがその桟は微かに動く。そこでようやく気が付いた。それは桟などではなく、横に滑らせて使う閂(かんぬき)の役目を果たしている取っ手であると。
良く良く見ればそこの壁は小さいながらも戸板そのもので、要するにその向こうにはもう一つ、部屋があると言う事になる。
「そんなん婆ちゃんでも知らんかったえ」と。祖母もびっくりしている。僕は少々怖いながらもその戸板を開けてみれば――そこには階段の裏側に頭を打ち付けている絣の着物の男性の姿があった。
驚きのあまり、腰を抜かした祖母を担いで納戸を飛び出る。そして家中の皆を呼び集め、例の納戸の奥の部屋をあらためて覗きに行った。
着物姿の男はもういなかった。だがその部屋の内部を探ってみれば、まさに階段裏の下の方に、小さいながらも仏壇が置かれてあったのだ。
仏壇内部の位牌は、倒れていた。そこで僕はピンと来た。もしかしたら僕が雑誌の束を落とした衝撃で、倒れてしまったのではないかと。だからこそその位牌の主が、毎日のようにそれを嘆いて階段に向かって頭を打ち付けていたのではないだろうか。
位牌を直し、手を合わせる。以降、怪異自体は収まったのだが、今以て階段裏の部屋の意味と、例の位牌の主が誰なのかは知らないままである。
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