#401 『通り過ぎる箱』
ある時期から、奇妙な悪戯に悩まされている。
それは決まって自宅マンションのエレベーターで起こる。僕がエレベーターを呼ぶタイミングで、別の階の住人から邪魔をされるのだ。
その嫌がらせに気付いたのは、ほんの一週間程前ぐらいからだった。僕の住む部屋は三階なのだが、階下に降りているエレベーターを呼ぼうとボタンを押すと、決まって三階を通り過ぎて六階へと行ってしまうのだ。
だが、六階から降りて来るのを待っていると、決まって五階と四階にも停止する。そして三階でドアが開けば誰も乗っていない。乗り込めば既に二階と一階のボタンも押されていると言った次第だ。
最初の内は、その子供染みた悪戯に高確率で遭遇するなと思っていた程度なのだが、良く良く観察してみれば僕が三階から降りる時には必ずその悪戯が起きている。有り得ないような話だが、僕が降りるタイミングを見計らって、悪戯の当事者がほんの少しだけ早く一階から六階まで登り、全階のボタンを押して降りているようにしか思えないのだ。
ある朝、電車に乗り遅れる寸前と言った時刻に家を出た。そしてエレベーターのボタンを押せば、やはりいつも通りに三階を通り越して上へと向かう。僕は瞬間的にカッとなり、思わずエレベーターのドアを足で蹴り飛ばし、中に乗っているであろう人間にも聞こえるような派手な音を立てた。
そして六階で停止するのを見計らい、手摺りから身を乗り出して上階目掛けて、「毎日毎日、ふざけんなバカヤロウ!」と、怒鳴り声さえ上げた程だった。
だが、その次の瞬間に聞こえた微かな嘲笑の声に更に激高し、僕はその日の帰宅と同時にマンションの管理会社に電話を掛けた。
「六階にこんなふざけた奴がいる」と説明し、管理会社にエレベーター内を撮影している映像の提示を求めた。管理会社側は、「とりあえず映像の確認をします」とだけ言ったきり、三日間も連絡が来なかった。
だが、三日目からはその悪戯が全く無くなった。言ってみるもんだなと安堵していると、一階のエントランスで立ち話をしている主婦達の噂話が通りすがりに聞こえて来た。
「長いお祓いだったよねぇ」
「管理人に聞いても、何を祓ってるのか教えてくれないしねぇ」
思わず立ち止まり、聞いてしまう。どうやら数日前の平日の昼、管理会社の人とどこぞの神主さんがやって来て、エレベーターの前で謎のお祓いをしていたのだと言う。しかもそれは、例の悪戯が無くなったその前の日の事だった。
「一体、映像に何が映っていたんですか?」
後日、管理会社に問い合わせるも、「個人に関わる事なのでお教え出来ません」と言った返事しかもらう事が出来なかった。
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