#397 『深夜のトイレで兄に逢った話』
寝間着姿のまま部屋でゲームをしていたら、いつの間にか深夜の一時を過ぎていた。
さすがにもう寝なきゃと思い、トイレに立つ。見れば暗い廊下の中、トイレの電気が点いているのが分かる。
二階には私一人しかいない。これは私の消し忘れだなと思いドアノブを回せば、そこには漫画本を開いて便座に腰掛ける兄の姿があった。
「えっ、ちょっと……誰?」兄が私の顔を見て慌てる。
私は思わず、「お兄ちゃん?」と声を掛ければ、兄はやけに驚いた顔で、「エイナか?」と、私の名前を呼ぶ。
一瞬で思い出される。昔まだ私が小さかった頃、「昨夜、大人になったエイナと逢ったんだよ」と、兄に言われた事を。そしてきっと今がその瞬間なのだ。
言いたい事は山ほどあった。だがそれ一つとして、言葉となって出て来ない。
「ちゃんと鍵閉めて入ってね」と私が言うと、「あぁ、ごめん」と兄は言う。
何か言わなきゃ、何か言わなきゃと考えるのだが、まるで何も思い浮かばない。そうしてようやく絞り出せた言葉は、「元気でね」だった。
「うん」と、兄は頷く。――ドアを閉める。そして再びドアを開けると、もう既にそこには誰の姿も無かった。
暗い廊下の中、トイレから漏れ出る明かりがやけに寂しい。
久し振りに見た兄の姿は幼かった頃の私の記憶そのままで、相変わらずの冴えない風貌だった。
私はいつの間にか、生前の兄の年齢を越えていた。
「元気でね」と言う私の言葉は兄に届いたが、その願いまでは届かなかった事を、私は知っている。
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