#392 『真夜中の出来事・肆 踏みつける』

 四日に渡って綴る、真夜中の通勤途中に遭遇した奇妙な出来事。その最終夜。

 ――深夜の帰宅途中、とある場所で、“何か”を踏んだのである。まず自転車の前輪でそれを感じ、次に後輪が同じようにして何かを踏んだ感触があった。

 急ブレーキで自転車を停めるも、通り過ぎた路上には何も無い。なんだか柔らかいものだったなと思い出しながら、首を傾げて再びペダルを漕ぎ始める。心なしか、先程よりもほんの僅かばかり足が重い。

 シャワーを浴び、軽い食事を取りながら録画のドラマを観る。そして次第に明るくなりつつある空を遮光カーテンで隠し眠りに就く。私のいつもの習慣だ。

 ふと、違和感で目が覚める。辺りを見回すが何もいない。なんとなくだが、寝ている私の横を“何か”が通り過ぎたような気がしたのだ。

 気のせいかと、目を瞑る。そしてまたすぐに睡魔がやって来る。次は悲鳴を上げて飛び起きた。確実に、私の耳に息を吹き掛けた何者かがいたからだ。

「寝てるんだから邪魔しないで!」と怒鳴り、私は塩を盛った小皿を四枚、布団の四隅へと置いて眠った。今度は昼過ぎまで邪魔される事はなかった。

 あれは動物か何かの類だなと見当を付ける。そう言えば昨夜踏んだのも、動物の尻尾か何かのような感触だった。こりゃあ憑かれてるなと思い、家を出るのを少しだけ早め、私は家中に塩を撒いた。

 二階の奥から始め、徐々に階段の方へと攻めて行く。そして一階も同じく奥の部屋から玄関へと向かって攻めて行き、最終的に戸口に塩を撒いた後、表玄関の左右に塩を盛って家を出た。

 自転車に乗り、「行くよ」と声を掛けると、ほんの僅かだけ後輪が重くなったような気がした。そうして昨夜の晩に“何か”を踏んだ場所まで来ると、「あの山に向かってお行き」と、右手前方の山の頂きを指差してそう言った。

 少しだけ、後ろの荷台が“蹴られた”ような感覚があった。そうしてまた自転車を漕ぎ出せば、いつも通りなペダルの重さ。ようやく離れたなと思えた瞬間だった。

 以降、同じような現象に遭遇する事は無くなったのだが、代わりに何故か、今までよりも色んなものを見聞き出来るようになった気がした。

 とある晩の事だった。帰り道、長い坂を勢い付けて下っていると、その下り終わった辺りの家の窓に電気が灯っているのが見えた。

 おや、まだ誰か起きているのかなと通り過ぎれば、その開いた窓から声が聞こえた。

「……るんじゃない?」

「いやぁ、そんな話は……」

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