#387 『形容しがたいモノ』
近隣に駅が出来ると言うので、周囲の宅地開発が賑わい始めた。
元々雑木林ぐらいしか無かったような田舎なので、一気に切り開かれ、整地された家の近辺は、とても珍しい不思議な光景だった。
あちこちに家が建ち始め、上棟式がひらかれる。その式の中には“餅撒き”と呼ばれる行事がある。それは餅や菓子、五円玉等、家を建てた大工さん達が家の屋根からばら撒くと言うもの。当然、近隣の人々はそれを目当てに集まって来る。
僕もその集まりに参加した。行けば中学の同級生の姿も何人か見掛けた。
やがて式が始まり、いよいよ餅を持って大工さんが屋根へと登り、それを撒き始めた頃だった。皆が歓声をあげて餅を拾っている間に、ふと目の端に奇妙なものを見たような気がしたのだ。
思わず手を止め、そちらを見る。すると――いた。なんとも形容し難い、不定形な“白いもの”が、餅を拾う人々に交じってバタバタとうごめいているのである。
そいつの姿形だけは、どうにも言葉で説明する事が難しい。敢えて言うならば、真っ白な昆布で出来た“毬藻(まりも)”のようである。どこが手足かも分からず、むしろ全てが手足かも知れず、そんなものがうねうねと動いて、餅を拾う人達の物真似をしているのだ。
だが、その周囲にいる人達は何も言わない。どころかまるで気にもしていない。僕自身もそいつの容姿が妙だなと言うだけで、特に恐怖心は感じていなかった。
一通り餅が撒かれ終わると、いつの間にかその白い毬藻は消えていた。僕は降りて来る大工さん達を待って、下に変なのがいなかったかを聞いた。するとその大工の棟梁らしき人が出て来て、「おぉ、あんちゃん見えてたのか」と笑うのだ。
そこでようやく、誰もがそれを気味悪がっていない理由が分かった。要するに、特定の人以外はそれに気付かないらしいのだ。
「ありゃあ多分、この辺りの神さんだよ」と棟梁は言う。「あれが出て来るって事は、この家は安全だ」と笑い、「逆に黒いのが見えていたら、大変な事だった」と言うのだ。
「黒いのって?」聞けば棟梁は、「悪い方の神さんだ」と笑う。
黒い方は大工と一緒に屋根の上に現れて、“何か”を撒く真似をすると言う。
「そいつが出たら凶兆だ。建ってもろくな事が起きねぇよ」
幸いな事に、僕は未だそいつを見た事が無いのである。
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