#384 『壁を歩く人』
真夏の寝苦しい夜の事だった。
寝室の窓を開けっぱなしにしておいたのだが、生憎その日は無風で、まさに熱帯夜と呼ぶに相応しい暑さであった。
うつらうつらと覚醒と半覚醒を繰り返しながら、大概この部屋にもエアコンを入れようかと考えていた時だ。
「このマンションやないか」と、外から男性の声が聞こえて来た。
「おう、ここで間違いないわ」と、もう一人の男性が答える。どうやら二人いるらしい。
僕の住むマンションの寝室の外側は、コインパーキングに面している。従って真夜中でもそんな感じで騒がしくする人は良くいる。
(うるせぇなぁ)と、寝返りを打つ。汗ばんだ首筋が気持ち悪い。
階下の男二人は尚もごちゃごちゃと会話を交わしていたのだが、「じゃあ行くか」と言う声が聞こえ、ようやく消えてくれるのかと思いきや――
「何階や?」
「確か六階やな」
声が心なしか近くに聞こえた。どころかそれはどんどん近付いて来る。まるでどう言う状況か分からない。なにしろここは十階建てマンションの四階なのである。
「おう、ここやここや。面倒無くてええわ、窓まで開いとる」
「そこやないで、ここはまだ四階や」
声は、俺の頭上すぐ近くから聞こえた。まさに手を伸ばせば届くであろう距離だった。
「とんでもないミスするとこやったわ」
声を忍ばせつつも、豪快に笑う。そしてまたその二人の声は遠ざかって行く。――上の方へ。
「ここか?」
「ここやな」
そして窓がこじ開けられる音。それきり二人の声は止む。俺はその間、ずっと身体が硬直しっぱなしで、外を確認するような度胸は全く無かった。
それから何時間が経ったのだろうか、外が白み始めて来た頃、遠くからのサイレンの音が近付いて来て、ウチのマンションの前で停止する。
どこの階の住人が運ばれたのかは知らない。だがそれは、ウチの部屋から二つ真上の住人な気がしてならないのだ。
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