#382 『探し物ゲーム』
時代がまだPHSやガラケーと呼ばれる携帯電話だった頃の話。
友人に、多惠子と言う少々スローモーな感じの女の子がいた。特にその子を虐めていたつもりではないのだが、私達は何かにつけてその子が困るであろう事をして楽しんでいた。
ある日、多惠子を含めた五人グループで下校している最中、友人の一人が私にこっそりと耳打ちして来た。
「ねぇ、この先にある廃屋に、あいつ閉じ込めちゃわない?」
言われて私はすぐに賛成した。他の子にもその情報を回し、私は上手い事を言って多惠子の携帯電話を取り上げ、先回りしてその廃屋に電話を隠す算段だった。
そしてそれは上手く行った。他の友人が多惠子を引き留めている間に、私はその廃屋の中へと入り込み、玄関を上がったすぐの部屋の中へとそれを放り込み、外へと出た。
やがて多惠子と他の友人達が遅れてやって来た。そこで私は自分の携帯を取り出し、多惠子の番号にコールする。すると想像通り、かすかに廃屋の中から多惠子の携帯だろう呼び出し音が鳴り出した。
「探し物ゲームだよ。私がここで時々電話掛けてあげるから、音を頼りに探して来て」と、中に多惠子を押し込み玄関の戸を閉めた。
私は約束通り、途切れ途切れで多惠子の番号をコールした。他の友人達は中で多惠子が困っているであろう事を想像し、家の玄関前で大笑いをしている。
突然、私の携帯電話が通話になった。――あら、見付けたのかな。思って電話を耳に当てるが、他の友人達の笑い声があまりにもうるさくて何も聞こえて来ない。
「ねぇ、ちょっとだけ静かにして」と頼むが、まるで誰も耳を貸さず、「ビビって電話なんか掛けて来るんじゃねぇよ!」と、更に大笑いをするのだ。
『ねぇ……だけど……てくれない?』良くは聞こえないが、どうやら多惠子は私に頼み事をしているらしい。私はすかさず、「待ってて、すぐ行く」と電話を切った。
大騒ぎをしている友人達を押しのけ、ドアを開ける。そして「多惠子!」と叫んで中へと入ると、驚いた事に玄関には多惠子のものだろう靴が一足、揃えて置かれていたのだ。
それを見て友人達は更に笑う。「バカじゃねぇの、こんな汚いとこ靴脱いで上がるかよ」と。
私は彼女の携帯電話を放り込んだ部屋を見る。だがそこには誰もいない。床を探すが電話自体も見当たらない。私はすかさずそこで番号をコールする。すると家のどこからか呼び出し音が鳴った。間違いなく多惠子はこの中にいるのだと思い、「どこなの?」と叫ぶ。
「ここだよ」と、私の電話から彼女の声が聞こえた。だが、どこからか聞こえる呼び出し音はまだ鳴り止まない。どう言う事だろうと思って振り返れば、友人達はまだ玄関前で大笑いをしながら多惠子の罵倒を続けている。
「ねぇ、やめてよ!」と、私が叫ぶ。すると友人達は尚も大声で笑い、「気付けよバーカ!」、「今、構われてんのはお前じゃん」と、私を見て笑うのだ。
途端、目の前が暗くなる。あぁいけない、私倒れるわと思ったのだが、未だ聞こえる多惠子の電話の呼び出し音がかろうじて私を失神の縁で繋ぎ止めてくれていた。
ふと、現実に返る。私は畳の上に寝そべったまま、電話の表示を眺める。――“多惠子”、とある。あれおかしいな、私から掛けた筈なのに、何故か呼び出し音は私の携帯から鳴っている。
気付けば私は、その廃屋の二階なのだろう部屋で倒れていたのだ。ふらつく頭と足で懸命に立ち上がり、階段を降りて玄関から転び出る。すると遠くから、「いたよ!」と声がして、友人達が駆け寄って来るのが見えた。
どうやら私は、多惠子の電話を隠そうと廃屋に入り込み、そこで失神をしてしまったらしい。
「ごめんね多惠子、あんたの電話の着信のおかげで助かったよ」
言うと多惠子は首を傾げ、それはあなたが持ってるじゃないと、私の手を指差す。見れば右手に自分の電話、そして左手に多惠子の電話を握っていたのだ。
では、私が失神している間、ずっと遠くから聞こえて来ていたあの呼び出し音は何だったのだろう?
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