#380 『暖炉』

 Iさんの家の居間には、暖炉が備え付けられている。

 見ればそこには炭もあり、火を起こせばすぐにでも使えそうな感がある。

「でももう、二十年は使ってませんよ」と、Iさんは言う。なんでもそこに火を起こせば、突然暖炉の中で“腕”が暴れるのだと言う。

「腕って……腕ですか?」

「えぇ、腕です」と、Iさんは笑う。二十年前のとある冬の日。暖炉に火を入れてすぐ、火花が飛び散り、火の中で何かがバタンバタンと暴れていたのだと言う。

 見ればそれは完全に人の腕で、慌てて水をかけて火を消せば、もうそこには何も無い。

「なら、幻だったのでは?」と聞けば、「いや、そうでもないんですよ」とIさん。

 家中にタンパク質の焦げる匂いが充満したのだと言う。

「怪異より、匂いの方がきつい」

 なるほどなと、私は思った。

 以降、二十数年、暖炉は使われていない。

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