#375 『トイレのノック音』

 妙な夢を見ていた。

 寝ながら尿意をもよおしていたのだろう、夢の中で私は布団から起き上がり、部屋を出てトイレへと向かう。すると暗い廊下の中、トイレの下の隙間から光りが漏れているのが見える。

 夫が入っているのだろうか? 思い、私はドアをノックする。

 トントントン――

 すると中から、同じようにトントントン――と、ノックが返って来る。

 あぁ、やっぱり夫が入っているんだなと思った所で気が付く。夫は今さっき、踏んで起こさないようにと気を使いながら、布団の上から避けて通って来たではないかと。

 途端、その状況が恐怖に変わる。夫でないならば、今ここに入っているのは誰なのだと。

 今度は強く、ドンドンドン――と叩く。すると中から、同じように強いノックが、ドンドンドン――と返って来る。どころかノックの音は鳴り止まず、延々、ドンドンドン――ドンドンドン――と、続くのだ。

 そこで私は目が覚めた。あぁ、嫌な夢だったと思いつつ、トイレに立つ。すると真っ暗な廊下の中、トイレの下の隙間から光りが漏れている。

 夢が正夢になったりしてね――と、馬鹿げた想像をしながらノブを回す。が、何故かノブは回らない。焦って私がノックをすると、同じようにノックが返り、そのまま延々と、トントントン――トントントン――と、鳴り止まなくなったのだ。

 私は悲鳴をあげて寝室へと飛び込む。そして寝ている夫を叩き起こせば、「あれ?」と、夫は耳を傾げる。

「あの音って……?」と寝ぼけながら、ノック音を聞きつつ私に問うので、「誰かがトイレに入ってるの」と話せば、急に顔つきが変わり、「バット持って来てくれ」と、布団から立ち上がる。

 用心をしながら、二人でトイレの前に立つ。ノック音は未だ続いている。

「誰かいるのか?」と、夫が大声で叫び、バットの頭でドアを叩く。するとそれと同じぐらいの音でドアを叩き返され、私達は思わずたじろいだ。

 家のトイレのドアは、中から施錠をしても、とある金具で開ける事が出来るようになっている。そして私はその金具に代わるものを用意し、夫とタイミングを合わせてドアを開けた。

 するとそこには――誰もいなかった。私達は悪い夢でも見たのだろうと言う結論で、終わらせる事にした。

 あの日以来、同じ怪現象には出くわしてはいない。だが、その日の夢の出来事を夫と話せば、同じ時刻に私と同じ夢を見ていたらしい、「正夢になった」と、夫は妙な顔をするのだ。

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