#372 『先住者の荷物・弐 押し入れの中の縛られた布団』
とんでもなく掘り出しものな物件を見付けた。
築年数は相当に経っているのだが、その家の大きさに比べて月の家賃が反比例しているかのように安いのだ。
かつては何人で暮らしていたのだろう、一階には居間と台所、それ以外に後二部屋あり、二階は物置も含めて四部屋もあった。
二階の部屋に若干ながらも先住者のものなのだろう置きっぱなしの荷物が少しだけ転がってはいたが、さほど気にもならない程度で、一人で暮らすには大きすぎるぐらいである。
入居して一週間目、二階の一番奥の部屋の押し入れに、数人分もの布団が詰め込まれているのを発見した。見れば布団は比較的新しく、これなら人が来た時に貸せる程度はあるなと、少しだけ得した気分になった。
だが一つだけ気になるのが、その部屋の“匂い”なのである。その部屋は入る度に強烈な線香の匂いがしていて、もう既にその部屋の壁や天井に染みついているのだろうと思った。
ある晩、粗相をしてしまった。寝たばこで布団を焦がし、危うくボヤになる所だったのだ。
仕方無く二階の奥の部屋の布団を拝借する事にした。押し入れを開け、布団を引っ張り出そうとすると、その奥の方にあったのだろう紐で縛られ丸められた布団がごろりと転がって落ちて来たのだ。
なんだこれ――と、足で蹴る。見ればそれは掛け布団までもが一緒になって丸められたもので、気になった俺はその紐を解き、広げてみた。
一瞬で理解した。布団は黒い人型の染みが付いており、かつてこの布団で腐敗が進むまで遺体が寝かされていたのだろう事を。
俺はすぐに不動産屋を呼び付けた。「事故物件だろう」と怒鳴れば、決してそんな事は無いと言う。そしてその丸まった布団についても知らされていないのだと言うのだ。
染みの付いた布団だけは処分してもらった。だが、怪異はその日の夜から始まった。
ふと気が付けば、俺は布団ではない床の上に直に寝ている。だがそこがどこだか分からない。真っ暗闇の中、手探りで壁まで行き着き、そこから立ち上がって部屋の出口を探す。だがなかなか行き当たらない。その内、何か柔らかいものに触れる。なんだろうと触りながら、それが押し入れの中に詰め込まれた布団である事に気付く。
ようやくそこで理解した。この密集した線香の匂い。例の二階の奥の部屋だと。
悲鳴を上げて部屋から転げ出て、一階の寝室へと向かう。翌日からは余程の用事がない限り二階には行かないつもりだったのだが、夜寝ていると、いつのまにかその二階の奥の部屋へと来てしまっている。そんな現象が毎晩続くようになった。
ある日、知人の伝手でお祓い師を紹介してもらった。その人はどこにでもいそうな小太りの中年女性で、俺からの依頼も、「あぁ、いいよ」と軽く引き受けてくれた。
当てになるのかと言う疑問はあったが、家まで来ると途端にその女性の顔つきが変わる。何かを察している様子だ。
夜、その祓い師の女性は、居間でテレビを観ながら、「いつも通りに寝なさい」と、くつろいでいるのだ。もしかして一晩中いるのだろうかと思いながら、言われた通りに寝室へと引っ込んだ。家に人がいると言う安心からか、その日はなんの迷いもなくすぐに寝た。そして次に起きた時は、寝た時同様、朝日が射し込む寝室の布団の中だった。
お祓い師に礼を言おうと居間へと向かうが、いつの間に帰ったのだろう、姿が見えない。まぁ後でもいいかと出勤し、そのまま三日もの時間が経ってしまった。
あれ以来、真夜中の怪異は収まった。さすがに礼は言わないといけないと思い、祓い料の支払いも含めて女性の家へと向かうのだが、何故か俺の名前と告げると門前払いを食らってしまった。
「会いたいんだが」と言っても、弟子か何かだろう若い男性二人が、「今、病に伏せっていりますので」と、取り次いでくれない。
夜、その祓い師の弟子から電話が入った。どうしても俺に伝えたい事があるのだと言う。
「線香を欠かすな。最低でも三日に一度はあの部屋で線香を焚け」
嫌ではあったが、言う通りにした。だがそれも一週間も持たなかった。あの部屋に入る度に、何故か閉めた筈の押し入れの襖が開いているからだ。
俺はすぐにその家を出た。出る際に、捨てようかどうしようか迷った挙げ句、例の煙草の焦げ後が付いた布団を一式、丸めて紐で縛って、例の部屋の押し入れに放り込んで来た。
それ以降、その家の事は知らないが、なんとなくあの怪異は続いているのだろうと俺は思った。
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