#370 『廃墟放送』

 地元に、「ラジオの声が聞こえて来る廃墟」と言うものがある。

 ある晩、そこに友人達、総勢五人で乗り込んだ。元は大型の宿泊施設だったらしく、部屋数がやたらと多い廃墟であった。

 割れたガラスのドアから中へと侵入し、ロビーの中央付近で耳を澄ます。すると噂通り、その建物の“どこからか”、ラジオ番組らしき人の喋る声がうっすらと聞こえて来るのだ。

 目的はただ一つ、誰が何の目的で、こんな場所でラジオを聞いているのかを突き止める事。僕達は二人と三人のグループに分れ、西側、東側と二方向から探索を始めた。

 僕はH君と言う友人と二人で東館側を回っていた。主にH君が照明を持って部屋に突撃。そして僕が後方でカメラを回しつつ、万が一に備えて催涙スプレーを用意。なにしろこんな場所でラジオを聞いているような人間だ、普通に考えたら絶対におかしな奴に決まっている。

「こっちの方角で間違いないな」と、H君。立ち止まり、耳を澄ませば、微かだがラジオの音が聞こえて来ている。まだ遠いが、確実に東館のどこかにいると言う事だけは分かる。

 部屋に入る時の緊張感が一層強まる。いきなりの乱闘を覚悟しながら次々とドアを開けて行くのだが、一向にそれらしき存在には行き当たらない。

 結局、西館側からの連絡でロビーへと引き返す。「間違いなく西館のどこかにいるんだけど、見付からないんだよなぁ」と、そちらに向かった三人グループは首を傾げていた。

 どう言う事だと聞けば、西館のどこからか、微かだが確実にラジオが鳴っているのが聞こえていたと言うのだ。

 いやいや、ラジオの音は東館から聞こえたぞと言い合いになる。

 もしかして、ラジオの主は二人いる――? そんな推測で、今度は五人バラバラで探索をする事となった。僕的にはとても心細かったが仕方無い。またしてもH君と同じ東館へと向かい、上と下に分れて行動する。

 耳を澄ます。どこかで人の歩く足音――あれはH君だろうか。そしてやはり、どこからか聞こえて来るラジオの音。僕は一階から地下へと向かい、そこで人の話す声を聞いた。

 誰かいる! 思いながら足音を忍ばせ近付けば、灯りも何も無い真っ暗闇の中でぼそぼそと呟く人の声が聞こえるのだ。

 あそこだ――と、見当を付けてライトで照らす。だが誰もいない。それどころか声までもが止む。これは一体どうした事だと首を傾げていると、「ロビーに戻れ」と言う連絡が入る。

 戻ったのは四人だけだった。どう言う訳か同じ東館に向かったH君の姿が無い。

「ラジオの主は徘徊している」と、西館に向かった連中はそう言うのだ。

 近付けば遠ざかる。俺達は遊ばれてるんだと、友人の一人が憤慨していた。

 とりあえずH君の安否を確かめるのが最優先なので、今度は全員で東館を探索しはじめた。だがH君の姿はどこにも見当たらない。

 一回、車まで戻ろうと言う事になって施設を出るのだが、H君はなんとそこにいた。車と平行するようにして、堂々と地面に横たわって寝ているのだ。

 起こせば、「だって車のドアが開かないんだもん」と半ば夢でも見ているかのような声でそう返答する。仕方無くその日は探索を打ち切り、帰る事となった。

「ラジオ、見付けたよ」とH君が言い出したのはその翌日だった。僕と一緒に、既に一度見た筈の部屋で、それは鳴っていたのだと言う。

 しかもそれはどこかの局で放送されている内容のものではなく、誰かが個人的に放送しているつまらない内容のものだったらしい。

「どんな事しゃべってた?」と聞けば、「忘れた」とH君は言う。だがその内容がそこそこ面白くて、聞いていたらいつの間にか車の横で寝ていたと、そう語った。

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