#368~369 『すぐ近くにいますよ』

 東京の多摩地区に在住の、Hさんと言う女性の方の体験談。

 実はこれは、筆者自身も僅かながら関わった、とある事件の話なのである。

 ――私の家は、東京の西の外れの方にある。少々辺鄙な場所なため、近隣の家とはそこそこの距離があった。

 その日、家には客人も入れて五人もの人がいた。しかも全員が同じ場所――居間にいたのだ。

 当時私はまだ十歳かそこいらだったと記憶している。兄弟は多かったが、いつも一緒にいたのは二歳年下の“佐枝(さえ)”と言う妹だけだった。

 その時も、私は佐枝と一緒にいた。祖母と母とで近所の奥さんと一緒に茶飲み話をしている横で、私達は二人でお人形遊びをしていたのだ。

 よそ見をしたのは僅か一瞬だった。何かを取ろうとして後ろを振り向き、再び居直ればそこに佐枝の姿が無かったのだ。

「佐枝? 佐枝?」と、私は妹の名前を呼ぶ。するとようやく大人達も異変に気付き、「佐枝はどこ行ったのよ」と騒ぎ始めたのだ。

 どれだけ急いでも、一瞬で姿を隠せる程に素早い子ではない。しかも周りには大人三人もの目があり、走って居間から出て行ったとしても必ず誰かの目に留まる筈なのである。

 母は目に見える程に慌てて、佐枝を探しに駆けずり回った。祖母もまた、家中をくまなく探した上で、縁の下まで潜って確かめる程だった。

 だが、佐枝は出て来ない。すると噂を聞きつけたのか近隣の人々までもが出て来て、深夜にまで及ぶ大捜索が行われたのだ。

 その際、私の耳にいくつかの気になる言葉が飛び込んで来た。

「また、長谷さんの家で神隠しがあったとよ」

「しばらく無かったんで安心してたんだな。あの家は女系だからよぉ」

 これは後で知った事なのだが、我が家(長谷家)は近所でも評判の、神隠しの家だったのだ。

 何故か消えるのは必ず女児ばかりで、しかも約十年から十五年に一度の周期でそれが起こると言うのだ。

 結局、佐枝はどこからも出ては来なかった。母は目を離していた事を悔やみ、相当な期間を泣き続けたのだが、もしかしたら消えていたのは私だったのかも知れないと思えば、私自身はとても複雑な想いであった。

 それから、十数年の歳月が経った。私は一度、結婚をして家を離れたのだが、結局実家を継ぐ者が誰もおらず、母にせがまれて夫や子供と一緒に出戻りを果たしたのだ。

 幸運な事に、私の子供の中には女が一人もいなかった。おそらくはそこが、実家を継がせようと母が考えた一番の要因だったのかも知れない。

 やがて子供もすくすくと育ち、成人を果たして、長男以外の全員が家を出て行った。

 ある日の事、長男夫婦が私を誘って熱海まで旅行へ行こうと言う話になった。私は一度は断ったのだが、結局は息子の熱意に押されて付き合う事にした。

 そしてその旅行中の夜の事。繁華街へと繰り出した際、街角に小さなテーブルを置いて易者をやっている中年女性を見付けた。

 息子夫婦は面白がって見てもらったのだが、私はなんとなく気が引け、やらないつもりだったのだ。だが――

「あなた、ご家族で亡くされた方がいるでしょう? しかも未だ行方が不明な」

 言われて私は食いついた。「分かるんですか?」と聞けば、「分かる範囲で視ましょう」と言うのである。

 そしてその易者は、「ご兄弟ですか? きっとまだあなたの近くにおりますよ」と告げる。私はどう言う事だと重ねて聞くのだが、「詳しい所までは視えません」と答えた上で、「あなたが想像しているよりもずっと身近におられます」と、話は締められた。

 私はその事を頭から信じた訳ではなかったが、その後もその言葉は常に私にまとわり続けた。

 やがて同居している長男に子供が出来た。しかもそれは男子だった。

 私と長男は、今後の事も考えて家を建て直そうと決意した。そして解体工事は始まり、何もかもなくなった更地の我が家を見て、感慨に耽っていた時だった。

「何かありますね」と、基礎工事の人が教えに来てくれたのだ。

 話によると、どうやら家の真下に“何か”が埋まっていたらしく、基礎工事の邪魔になるので撤去させてくれと言いに来たらしいのだ。

 ショベルカーが土を掘り起こす。やがて何かに行き着いたかのように動きを止める。丁寧に土を退けて行くと、そこに現れたのは漆喰か何かだろうか、真四角な大きく白い板だった。

「取り除いていいですね?」との問いに、私は頷く。そして酷い破壊音と共にそれが退けられると、そこには地中深くに続く大きな穴が現れた。もしかしたら今退けた白い板は、その穴の蓋か天井部分だったに違いない。穴は蓋の部分と同じ大きさで出来ており、要するに一つの大きな正方形の箱がそこにあったと言った感じだった。

 箱の中には、“人”がいた。いや、厳密には人に似せた人形があったと言うべきか。私はそれを見て、思わず「佐枝!」と叫んでしまった。なにしろそこに横たわる人形の一つが、まさに佐枝が神隠しにあった時と同じ服装だったからだ。

 箱は、縦、横、長さが、全て二尺ほどの寸法で出来ていた。天井部分の蓋を開ける以外に出入り出来る箇所はまるでなく、普通に考えれば我が家が建つ以前からその地中に埋まっていたと言う事になる。

 箱の中に、人形は計七体いた。家の築年数をその人形の数で割れば、約十二年から、十三年程。

 十年から十五年の時期で、女児が一人いなくなる。その言い伝えを、彷彿とさせる出来事であった。

 現在はその場所に、Hさんの家が建っている。

 住んでいるのはHさん一人で、長男夫婦は産まれたばかりの孫娘を連れて出て行ってしまったと聞く。

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