#358 『歩く』

 その現象は、突然に始まった。

 真夜中、”何か“に踏まれる感触があった。私は急いで照明を点けるも、当たり前のように部屋には何もいない。

 反芻してみる。あれは間違いなく、小動物の歩く足の感触だと。ちょうど私の左手側から始まり、胸のちょっと下辺りを堂々と踏んづけて右手側に歩いて行ったのである。

 その晩は、気のせいだと思う事にした。だがその翌日にも同じ事が起きた。しかも今度は私の腹の上辺りで立ち止まり、身体を丸めて座り込む感触まであったのだ。

 ハッとして飛び起きる。同時にその“何か”は咄嗟に飛び退り、またしても消えてしまった。

 三日目は、声まで聞こえた。私が飛び起き、「何かいるの!?」と叫ぶと、部屋の隅で「にゃぁおう」と鳴く猫の声。――どうしてここに猫が? 思って照明を点ければ、そこには正座してこちらを向き、微笑んでいる義母がいた。

 私は悲鳴を上げ、寝室から飛び出した。リビングへと逃げ、どうしようかと迷っていると、家の固定電話がけたたましく鳴り出した。表示を見る。するとそのダイヤルはまさに、寝室に姿を現わした義母の家のものだった。

 少し迷った挙げ句、私は電話に出た。だが応えは無い。ただ遠くで猫の必死の鳴き声が聞こえるだけ。

 真夜中なので気が引けたが、別れた旦那に連絡をする。そして今し方、あなたのお母さんから電話があったと言う事だけを伝えた。

 それから二時間ほど経ち、元旦那から折り返しの電話が来た。「母さん、亡くなってた」と、言う返事だった。

 義母は実家にて一人暮らしだった。元より喘息を患っていて、どうやらその発作が出てしまい、急逝したようだと聞く。

 但し、義母が亡くなったのは三日前。逆算すれば私の家で怪異が起き始めた日と重なる。だがそうなると、どうやって義母が私の家に電話を掛けて来られたのが分からない。

 固定電話の子機は、義母の手に握られていたと言う。じゃあ猫がそれを踏んで、リダイヤルでもしたのだろうと私は結論付けたのだが――

「動物アレルギーな上に、喘息持ってる人が猫を飼う訳ないだろう」と、元旦那に言われた。

 考えれば確かにそうなのだが、それでも間違いなく受話器から猫の声だけは聞こえたのだ。

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