#357 『声を発してはいけない』
過疎の田舎である。若い世代よりも老人の数の方が圧倒的に多い農村部なのだ。
従って、我が集落にも田舎ならではな土着信仰系の、妙なしきたりが存在する。
その一つに、葬儀の際の禁忌と言うものがある。その集落で死者が出ると、決まってそこの集会所にて通夜と告別式が執り行なわれる。その通夜での禁忌の話である。
遺体はその集会所の一番奥の部屋に寝かされる。そして身内は夜を徹してその棺の番をする事となるのだが、その際、棺の置かれた部屋では何があっても声を発してはいけないのだ。
これはもうどこの家庭でも小さい内から嫌と言う程教え込まれる事で、私自身もうんざりする程には聞かされたものだった。
ある時、家の祖父が亡くなった。享年五十八歳と言う若さだった。
当然、身内である私達が集会所での棺の番をする事となった。もちろん私自身は例の禁忌についてはしっかりと身についているので問題は無かったのだが、今年で五歳になる弟の幸助だけは少々怪しかったのだ。
なにしろその子はとてもへそ曲がりな上に偏屈で、人が嫌がるであろう事ばかりを好んでしてしまう性格だった。私はそれを知っていて、何度も弟だけはあの部屋に入れちゃ駄目だと忠告したのだが、呑気ものの母のやる事である、やめておけばいいものを「絶対にここではしゃべっちゃ駄目よ」と軽く注意する程度で、結局弟をその部屋へと入れてしまったのだ。
案の定、弟はやらかした。棺を覗いて、「じいちゃん死んでる」と笑う。家族は全員顔色を変えて口に指を当てるのだが、弟にはその必死さが余計に面白いらしく、「なんでしゃべったらだめなの?」と、ケラケラ笑い出した。
父が弟の頬をかなりに勢いで引っぱたき、かなり乱暴な態度で部屋の外へと引き摺り出す。そしてそれを追って母も部屋を出て行き、外で弟を巡る大喧嘩が始まった。
結局、その後は何も起きないまま葬儀も終わり、祖父は遺骨となって墓へと埋葬された。
葬儀の後、弟が不慮の事故で亡くなったのは、それから三ヶ月後の事だった。
母は嘆き悲しみ、弟の棺を寝かせた集会所の奥の部屋で、わんわんと声を上げて泣き叫び、「私が悪かったの」と悔いていた。
次に母が亡くなった。弟の葬儀から二週間後の事だった。
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