#356 『廃屋さがし』

 小学生の頃に逢ったきり、疎遠になってしまった友人から電話があった。名前を“ユウナ”と言う。

 あれから既に十二年もの歳月が経っているのだが、急な電話で「逢えない?」と連絡して来たのだ。

 どうしたのかと聞けば、「前に住んでいた家に用事がある」との事。彼女の家はここから徒歩で三十分もの距離がある為、現在どうなっているのかまでは知らないが、おそらくは荒らされ踏みにじられ、酷い有様になっているだろうと容易に予想出来た。むしろ倒壊が起きていてもおかしくはないような気さえしていた。

 当時、ユウナと私はそこそこには仲が良かったと記憶している。ただ、彼女が突然に学校へと来なくなり、それっきりになってしまっていたのだ。噂で、両親の多額の借金のために夜逃げをしたらしいとは聞いていたのだが、真相までは知らない。

 久し振りに逢う友人は、すっかり大人となっていた。いや、私自身が二十歳を超えているのだから当たり前の事なのだが、空白だった時間の長さをあらためて感じさせてくれる瞬間だった。

「一体何をしに行くの?」と聞けば、「どうしても取り戻したい物がある」と言う。きっと想い出の品なのだろうが、探さない方がショックも少ないのではないかと私は感じた。

 だが、予想に反してユウナの家は今も健在だった。門扉を開け、庭先へと踏み込んで行く。庭は背の高い草で荒れ放題になってはいたが、門から玄関まで続く石畳のおかげで、なんとか歩いて辿り着く事は出来た。

 玄関のドアの前で立ち止まる。何故か下腹部が痙攣しているような感覚があった。これは後で知った事なのだが、恐怖から来る震えだったらしい。

 ユウナはそこで私に何かを差し出す。見ればそれは数珠のようで、「私のようにして」と、袖をまくる。するとユウナの腕には、それと同じもう一つの数珠がぐるぐる巻きにされていた。

 玄関は、ユウナの持っていた鍵で開いた。開いた扉の先の光景に、私は驚く。

 それはただ長い期間を留守にしていただけの普通の家であり、他者が勝手に侵入したり、興味本位で荒らして回った形跡が全く無い家、そのものだった。

 どうして――と、疑問に思う反面、納得の行く部分はあった。その家そのものが発する圧力と言うか、念と言うか、圧倒的存在感が来る者を拒み続けている。そんな強烈な印象があったのだ。

「ここで待っててもらっていい?」と、ユウナは聞く。私はそれに反対する意志は無い。ユウナは土足のまま埃の積もった家の中へと踏み込んで行き、そのまま真っ直ぐに二階へと上がって行った。

 ユウナはすぐに戻って来た。片手には彼女が使っていたであろう赤いランドセルが下がっており、「これが欲しかったの」と彼女は笑うが、それはきっと違うだろうと私は思った。そのランドセルの中にこそ、私にも見せられない“何か”が隠されているであろう事を。

「お茶して帰る?」とは聞かれたが、私にはもうそんな余力は無かった。それどころか、彼女の持つランドセルから放たれている威圧感に気圧されて、早く家へと帰りたい方が上だった。

 私をユウナは駅で別れた。彼女は想い出の品を取りに戻ったとは言うが、おそらく本当の所は違っていて、ある晩、家族総出で家を出なくてはならなくなった原因の“何か”を取りに戻ったのではないかと、私は密かにそう思っていた。

 家に帰り、私は母親にユウナの家の事を聞いてみた。すると母は少しだけ顔を曇らせながら、「良くあの子の事、覚えていたわね」と言われたのだ。

 そして私は、母の話の内容に凍り付く。彼女の家族が家を出て行った原因は、借金ではなく、一人娘の死だったと。

 両親が留守にしていた間に家へと男が忍び込み、子供を殺して逃げ出した。但しその子は殺される間際に乱暴されていたらしく、それを隠蔽したいが為に借金の話をわざと流布したのだと言う。

 ユウナは、遠い昔に既に亡くなっていた。では、今日逢った彼女は一体何者だったのだろう。

 彼女から手渡された数珠は、返しそびれたまま今も手元に残っている。

 蛇足だが、ユウナと名乗ったその女性と会った半年後。ユウナの家は老朽化で倒壊してしまっていた。

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