#355 『雑な容姿の男』

 知人のN君が、とんでもなく“雑”な格好で大学へと来たのだ。

 それは寝癖が付いているとか、シャツのボタンを掛け違えているとか、そんなレベルの雑さではない。まず顔のパースが合っていない。手の指が四本だったり、六本だったりする。むしろ身体全体でまるでバランスが取れておらず、海外の有名画家の抽象画のようないい加減さが見て取れるのだ。

 だが、どうやらその雑さは僕だけにしか見えていないらしい。他の友人達はまるでN君の事など気にも留めず、いつも通りに接していた。

 翌日のN君は普通通りだったのだが、それから数日経つとまたしても雑なN君となって大学の講義に出ている。しかもそれは日が経つにつれいい加減さが増して行き、とうとう子供が描く落書き絵のようなレベルになってしまった。

 ある日の事、ひとけの無い裏手の廊下で、N君とすれ違った。

 その時のN君のひどさは格別で、どこが顔でどこが手なのかも分からず、まるで新種の海洋生物が廊下に佇んでいるかのような訳の分からなさだった。

「ちょっとそれは雑過ぎるんじゃねぇの?」と、思わずとうとう僕はそう言ってしまった。

 するとN君、目のようなものでぎょろりと僕を見て、手のようなものでぴしゃりと自らの頬のようなものを打つ。途端、シャキンと容姿が整い、いつものN君に“ほど近い”姿形となり、「これでいい?」と僕に聞くのだ。

「まだ見られる」と僕が言うと、「良かった」と、N君は去って行った。

 翌日、N君が僕に缶コーヒーを手渡しながら、「助かったよ」と礼を言う。

「最近、“アイツ”に代わりを頼みっぱなしで、随分と学校サボってたんだ」と、N君は笑う。

「“アイツ”って、何者なんだよ?」と聞けば、「見ての通りだよ」とN君は更に笑う。

 全く理解は不能だったが、それからも時々、校内で“雑なN君”の姿を見掛ける事があった。その度、その雑なN君は僕に向かって手を挙げ、「今日は大丈夫?」と聞くのだ。

「まだ見られる」と言うと、その雑なN君は嬉しそうに笑い、「コツ掴んだ」と言う。

 いや、まだまだなんだけどなぁとは思ったが、それはとりあえず言わずにおいた。

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