#352 『山中の峠道にて』
深夜の事。単独ツーリングからの帰り道、山奥のひと気の無い場所でバイクの単独事故を起こしてしまった。
カーブで曲がりきれずガードレールに接触。放り出された俺は二度、三度とガードレールにぶつかって跳ね返りながら、相当な距離を滑り降りて行った。
坂道だったせいか、思った以上に滑っていたと思う。こんな状況で走って来た車に撥ねられるとか嫌だなぁ等と思いつつ転げていると、ようやく身体が静止した。――その瞬間だった。
「ずん」と、俺の身体の上に“何か”が乗ったのだ。
最初は後から転げて来たバイクかと思った。だがどうにも感触が違う。全身に圧迫感があり、重くて柔らかい上に、若干ながらも体温が感じられるのだ。
そうなるともう考えつくのは熊だけだ。良く良く聞けば、ぶぅぶぅと鼻息までもが聞こえるではないか。こりゃあもう俺も終わりだと思っていると、そいつはなかなかとどめを刺しに来ない。ただ俺の上に乗って動かないだけだ。
どうしようか。このまま食われるのと待つか、それとも無駄に足掻いて逃げようか。だがこの重さでは腕どころか指を動かすのさえ精一杯なのである。
息を吐けば、吸う事すらも困難なぐらいに重い。こりゃあ厳しい。早いとこなんとかしてくれと思っていると、何故か次第に身体に力が漲って来る。ある程度、回復した所で、「どけ、この野郎!」と怒鳴れば、瞬時にそいつはどこかへと消え、同時にどこから人が湧いたのか、救急隊員が俺をストレッチャーに乗せて救急車へと運ぶその瞬間だった。
なんだこりゃあ。もはやそんな感想しか無かった。運ばれている途中で気が付く。俺はその瞬間まで意識を失っていた事を。
果たして事故の発生から今までにあった事は全て幻覚だったのか。目を覚ました俺を見て、救急隊員がとても驚いた表情をしていた。
病院では軽い打撲と診断されて、入院の必要もないからとソファーで朝を待たされた。
これは後で聞いた事なのだが、バイクは完全に大破していたそうだ。そして俺自身もツナギがボロボロに破れて、路上には相当な血の量。駆け付けた救急隊員は、完全に助からないと判断していたらしい。
もしかしたらアイツは、俺の上に乗っていたのではなく、助けようとしてくれていたのだろうか。
俺の身体には、打撲の青痣以外、かすり傷一つ付いてはいなかった。
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