#350 『森で踊るモノ』
昭和の頃の話だ。当時の小学校は生徒数がとても少なく、五年と六年合同の林間学校があったのだが、それでも僅か四十名程だった。
夕食が終わり、キャンプファイヤーの準備に取り掛かろうとする頃。上級生の一人が森の奥の方を指差し、「誰かいるぞ」と言い出したのだ。
そろそろ陽が翳ると言う時刻。まだなんとか足下は見えるものの、木々に囲まれた森の中ともなると既に漆黒に近い闇。目を凝らした所でそこに人影など見える筈もないのだが――
「いた!」と、誰かが叫んだ。すると口々に、「あそこにいる」と、同じ方向を指を差し始める。
そしてそれは僕にも見えた。確かに闇の奥深くで、更に黒くて暗い“何者か”が蠢いているのだ。
「踊ってる」と、女子の一人がそう言った。そう言われればそんな気がした。その闇に同化した“何か”は、まるで僕らを嘲るかのように、森の奥深くで踊っているのだ。
だが、一体あれは何? 人のようで人では無い。なんとも形容しがたい異形の者が、闇の中でくねくねと揺れている。それはなんとも、生理的に受け付けない気持ち悪さが見て取れた。
そこに先生がやって来る。「どうした」と聞くので、上級生達が森の奥に何かがいるとそう告げれば、先生は少しだけ躊躇った後、「おい、そこに誰かいるのか?」と、大声で叫んだ。
途端、森が吠えた。一斉に周りの木々が「ザザザザザ」と枝を揺らし、それは物凄い轟音となって森全体の合唱となり、騒ぎ始めたのだ。
その音たるや、台風でもそんな鳴り方はしないだろうと思うほどの勢いで、僕らはその場で地面に転げ、何が起きたのかすら気付けないままに声にならない悲鳴を上げて、恐れおののいた。
だが、その木々の大合唱は僅か数秒程度の事で、それが終わればまた静寂に満ち溢れた森へと返る。“何者か”は。どれだけ目を凝らしてももういない。
一体、あの異形のモノは何だったのか。四十年が経った今でも、相変わらず理解が出来ないままでいる。
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