#349 『お囃子』

 時折、家路を辿っている最中にどこからか祭り囃子が聞こえて来る事がある。

 一応、東京都とは言え古い家が建ち並ぶ昔ながらの宿場町なのだ、その辺りでお囃子の稽古が行われていたとしてもおかしくは無い。

 家に帰り、撮り溜めたテレビ番組を眺めながらインスタントラーメンを啜っていると、田舎の母から電話が来る。いつもの事ながら、足りないものはないかと心配しつつ、次はいつ帰るのかと露骨に催促をして来る。俺は面倒になりながら、「なるべく帰るようにするよ」と適当な事を並べて電話を切る。一度こちらの暮らしに慣れてしまうと、なかなか地元に帰りたいとは思わなくなるのだから仕方無い。

 仕事に明け暮れ、四季は単なる冷暖房器具の入れ替え時期としか見られなくなっている自分に気付き、最後に目一杯遊んだのはいつの事だったのかと想いを馳せながら眠りに就く毎日。

 俺って今、楽しいのかなぁ……等と思わなくもないのだが、果ての見えない仕事量にそれどころではなくなっているのだ。

 仕事帰り、またしてもどこからからお囃子が聞こえて来る。篠と太鼓だけの侘しい音色だが、それでも来る夏を想像させる音色である。

 家に帰ればまたしても母からの電話。幼馴染みの誰それが結婚したと言う報告に、「へぇ、そうなんだ」と相槌を打つも、面倒で仕方が無い。いつも通りに「ちょっと忙しいから」と電話を切ってから気が付く。あれ――そう言えば、祭り囃子が聞こえた時に限って母親から電話があるよなぁと。

 それ以降、なるべく気にしながらお囃子と実家の母の電話の一致を確認すれば、どれも間違いなく同じ日に起こる出来事だと言う事が分かる。

 これは一体どう言う事だと疑問に思っているある日。比較的まだ陽が翳っていない時刻に、お囃子を聞いた。今日こそは思いながらそのお囃子の音色の出所を探るべく、音を頼りにその近所を探索して歩けば、家と家の間の細い裏路地の奥に、ぽつんと小さな祠がある事に気が付く。

 音色はそこでふつりと途切れた。俺はその祠の前まで行き、軽く手を合わせる。

 これは後で知った事なのだが、そこに祀られている神様は、俺の地元で祀られている神と同一のものだったのだ。

 ある日の帰り、またしても例のお囃子が耳に届いた。俺は家へと帰るなり、自分から実家へと電話をした。「今年は帰るよ」と、母に伝えるつもりだった。

 帰ったら地元の友人と一緒に、夏祭りで神輿を担ごう。そんな事を思いながら、俺は受話器が上がるのを待っていた。

「あぁ、もしもし。俺だけど――」

 驚く母の声。開け放った窓の外から、夏の風が香った気がした。

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