#346 『レイトショー』
金曜の夜、彼女と一緒にディナーを取った後、映画のレイトショーへと向かった。
特に観たい映画があった訳ではないが、とりあえず無難に二十三時終了の洋画を選択した。
中へと入ると場内はとても閑散としていた。いや、空いていると言うより僕ら以外に客は誰もいない。完全に貸し切り状態なのだ。
このまま映画が始まるまで誰も来なければいいねと話していたのだが、実際に本当に誰も来ないまま場内の灯りが暗くなった。
そうして映画が始まり、どれぐらい経った頃だろう。「気持ち悪い」と言う彼女の声に反応し、「どうした?」と聞く。すると彼女は、そっと後ろを向けと僕に言うのだ。
振り返れば、場内の中央、一番後ろのシートに“立つ”人影。いつの間に僕らの背後へと座ったのか。いやそれよりも、どうして席に座らずその場所で立っているのか。何故かその人物はスクリーンが照り返す光の中でも判別しにくい程に暗く曖昧で、それが男性なのか女性なのかすらも分からない。
「確かに気持ち悪いな」と僕が彼女に耳打ちすると、彼女は僕の腕を強く握り締め、「前見て」と言うのである。
見れば最前列のシートの前に立つ人影。いつの間にそこにいたのだろう、若干ながらもスクリーンにその背丈が被ってとても映画が見え辛い。しかもその人物、どうやらスクリーンの方を向いている訳ではなく、背後の――そう、我々の座っている側を見ている様子で、それが余計に怖く感じるのだ。
背後を向けば、やはり例の人影は微動だにせずそこにいる。僕らは気持ちの悪い存在二人に挟まれたまま、「どうしようか?」と囁き合った。
結局、そんなに面白い映画でもないし出ようと言う事になり、その二人の存在を刺激しないようにこっそりと場内を後にした。
だが、出てから猛然と腹が立った。どうして金を払って観に来たと言うのに、あんな変な客のせいで追い出される羽目になるのかと。思った挙げ句、チケット売り場の所まで行き、係員に苦情を言う。妙な客がいて映画を邪魔していたぞと。するとその係員、僕らがいた場内の詳細を調べつつ、顔色を変える。係員曰く、他に客は誰もいないと言うのだ。
念のためにと、他の係員がその場内を確認に向かう。果たしてその結果がどうなのかは聞かされなかったが、僕らにはチケット代が払い戻された上に、次回から使える割引券までもが渡された。
「さっきの連中、何だったの?」と僕は聞くが、明確な答えはもらえない。ただ係員は、「我々スタッフはそれを見た事が無いんです」と言うだけ。
その答えから、僕ら以外にも同じものに遭遇した客はいるのだろうと察した。
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